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項目 内容
ID J1202209
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1856/08/23
和暦 安政三年七月二十三日
綱文 安政三年七月二十三日(一八五六・八・二三)〔三陸・松前〕津波
書名 〔多志南美草 二〕○八戸
本文
[未校訂]五友述懐伝 巻の十三
扨も、徒然草の土大根、元亨釈書の蟹満寺の類、年久
しく勤て怠らざれば、必ず其印なき事能はず。是今昔国
字小説を読事のみを好み、訛言まじりの拾ひよみする頃
おひより、戯れに人の咄を聞事に、旦暮の某とせしかと
も、螢雪の勤め怠りしは、今更悔ともかへらず。四角な
文字に向ひたる時は、額に汗のみ出てそぞろ慚愧の心あ
れ共、又いかんとも詮方なく、歎息したる折からは、尚
もこりずまた机に向ひて述懐を只有の儘に認め終らん事
を思へば也。さりながら我等自力の文面計にては、見る
ものも飽べくと、聖賢の道、古哲の言、神祇、釈教、恋、
無常、功秡文章耳学文是等も其意味を味ひて、糟粕をね
ぶりたるなどいはるゝほどの力にてもあれば、我ながら
悦ばしけれ共、夫さへ自力に及ばざれば、只見た儘、聞
たる儘を取集めたる俗、藻塩草とも見玉ひかし。全く他
見を免すべき書にもあらざれば、誰に憚る事もなく、闇
の夜に鳴かぬ烏の声聞けば、生れぬ前の父ぞ恋しきと、
知らぬ先祖の始より、我眼の見ゆる限は認置て、子孫に
残さん事を思ひ立也。只是のみを殊勝と見て道理違の処
をば、筆を加へ玉ふべし。我草葉にてもいかばかりか嬉
しかるべき。
 世下り人生れ砕たり、左れ共、四海波静に国も治る時
津風、枝もならさぬ御代にて有けるを、近頃に至追年騒
しく、其上異国舟往来する事、最早乱に入るの兆にても
あらんか。諸国に於て洪水、大風、大地震あり。是他の
事と思の外、七月廿三日、当処大地震にて、土蔵の分は
残らず壁落、居宅々々は痛まぬなく、其中に潰も有。三
十六年以前八月十六日地震は、我等生れて此方の地震と
心得有けるに、右よりは五割口も強きよし。然共難有も
日中の事故か、死亡の者の噂とては一切なく、怪我人と
ても稀に成るよし。自分居宅は見世の二階、さん、壁付
の分痛たるのみ。然共怪我人もなきは目出度かりける次
第也。此十七八日より打続たる事なれば、何となく底気
味悪く、曾て此頃上方筋にも処々大変のみ有之時節なれ
ば、世間一統心も心にあらず。召仕の仕事も出来ず。又
も小地震の来る事度々也。然るに八ツ半時に成て、鮫、
白銀、湊表小汐とやら、海笑(嘯)とやらにて、同処より、町
方へ遁来るもの不少。網納屋を流され、或は居宅の家財
を流され、中にも湊権七居宅其儘に流されけるは、目も
あてられぬ次第にて、見る人聞人哀を催さぬものはなか
りけり。都て三ケ村にて四拾軒余も流されたるよしなれ
共、権七のやうに雪隠に至まで、何一ツなく流されたる
は無之よし。又も大海笑の寄来るの噂、一犬吼れば万犬
実を伝の諺の如く、沼舘、石堂、河原木の者共、家財を
片付、亭主分の者計残り、女童子老人の分は小田の平へ
小屋掛して逃登り、扨浜方江は御上様より、物屋〳〵江
被仰付、御救として炊出しを被下。物屋〳〵よりも、自
分〳〵の手寄の者へ夫々の見舞もの、人馬の往来、櫛の
歯を挽が如く、夜に入て丁ちんの通路幾千といふ数を知
らず。今宵の騒動大方ならず。誠以前代未聞にて、明日
は如何成行ものと大評判。其上時々刻々に小地震有。女
童子は申に不及、老人愁眉をひらく事能はず。依之市中
は両向より表の真中へ戸板蔀等を出して敷並べ夜の明る
を相待けるに、廿四日にもなりければ、浦方の様子を聞
に湊橋は落、天正丸は岩淵村の後なる畑へ上り、舟木丸
は沼舘村下の畑へ上り、松前通の熊嘉舟は舟木丸より五
七丁はなれて上り、新造の小宝丸は左比代村の後畑へ上
り居、其外地引舟の分は流され、残り処々へ居たるよし。
新丁於捨楽やも家毎に水嵩高く、簞笥長持浮揚り目もあ
てられぬ計なり。則舟に乗たる心地にて、誰か安心の者
あるべきや。少もまどろむひまなく唯狼狽して、頓て夜
前の如く明日を[社|こそ]待にける。廿五日にも成けれ共さした
る事もなく、唯小地震のみにて先は少しく安堵の思ひを
なしけるに、十六日町より出火のよしにて、又々肝を冷
しけるに能々人の続たれば、何義なく火も防ぎける。何
より何まで物騒しき事いふ計なしなれ共、表へ出張の方
も前夜と違稀成けり。廿六日朝可成の地震三度続きけれ
ば、老若又々恐怖をなしける。尤時に大雷に雨降ける故、
最早地震も是切なるべしとの噂なれば、少しく案(ママ)堵して
有けるに、又如斯其うへ小地震は絶間なし。右地震に付
御上様より御沙汰に依て、奉書上たるを左に、
一此度の地震に付、私手廻十六人一切怪我無御座候。
居宅表口八間余の処、格別の破損も無之候得共、付
壁の分は二階さん一本落候得共、難有怪我人無御座
候。三間に四間の物置小屋、是迚も格別の破損無之
候得共、付壁の分は不残落申候右の段奉書上候。
廿七日昨夜より震ひ通し、夜明て追々強く、依之処々
小屋掛等にて亭主分計り残、老少の者は寺々の境内など
へ引取たる輩まで有。此方共も表へ納涼台を並べて、多
分は表に計り居たりける。然るに八ツの鐘も鳴れ共、さ
したる事なく内へ這入りて休みける。毎夜の事なれば、
何れも草臥て熟睡をしたりけるに、廿八日暁に至、大地
震此度[社|こそ]居宅も崩るゝ計りにて、実に百年目此度[社|こし]、こ
の間の噂の如くなることと前後を失ひける計なれ共、老
母と孫共を出さぬ内は自分家出も出来ず、彼是する内に
地震も止み先は案堵はしたれ共、此通にては如何様の事
出来るも難計し。されば老人と子供共故に惣怪我の出来
間敷にもあらず。やがて小屋掛等にても致可然と、表の
空地へ五間に二間半の小屋をしつらひ、内には時の亭主
米吉と我等のみ罷在。扨も震ひ通しの事なる故、色々さ
ま〳〵風説有。八月六日までにはいよ〳〵家潰れ、海笑
寄、死人夥敷出来べきなど取々評判。是に仍て一両日以
前より火災の用心にて、其手寄〳〵へ簞笥長持、且は売
品等を取賦り、誠に物騒敷事言語に絶す。然るに当日は
又々近処近辺より人馬にて、檀那寺、或は手寄院々、或
は遠方の武家へ附運、今火の手盛んの時に同じ。然共狂
人走れば不狂人もの譬に似たる故見合有けるに、石堂村
小兵衛参られて、御世間右の様子なるに、此方様計斯有
らん事いかなるや。只今私帰らば廿人にても卅人にても
差上る間、やがて御世間並に幸ひ御家の田家は屈強の処
也。是へ[賦|クバ]り可然と深切に申呉る間、厚く一礼を述たり
ける。廿九日に成けれ共いよ〳〵地震、ひまなくふるひ
ける故、いかゝ成行ものと取々の噂、何れも安き心なし。
然るに近在より追々手伝呉んと申参るもの有、心ならず
御世間に習ひける。さり乍ら急度噂の通と申事も有まじ。
只其心構は可然とて木綿類は梱りて穴蔵へ入、二階の品
は下へ下げ、すはこそといはゞ遠裏へ賦るべき心支度に
かゝりけるなれ共、外々へは簞笥にて運出さず罷在也。
斯の通なれば諸寺、諸山にての御祈禱、御上様にも、神
明法量両社に於て、重き御祈禱被仰付。毎夜釣丁ちんな
り。その験にもや大雷大雨也。是にて最早地震も止むべ
きの噂なれ共、誰いふとなく、六日を過さぬうちは安堵
なきの咄合区々なり。さりながら右の大雨に付ては、在々
の百姓共、我家〳〵江戻りたるよし。追々見舞に参り呉
ける。扨も前意の通大騒動にて川目の者は、張田、正法
寺、尻内、大仏、矢沢辺まても野へ行、山へ登。町家は
火の用心処々江の出張旁以一通の事にあらず。御上様よ
り稠敷御沙汰出参てもケ程には参らぬ筈。扨々人気のな
すわざ不得止事ものと、一統の噂にて漸安心付にける。
 八月十七日に成けれ共、やがて、小地震はなき夜もな
く、なき日もなし。然とも大噂ありし十五六日の大地震
も無之故、今社人々いよ〳〵案堵の思ひをなしける。今
は互に蘇生の人に逢ふ心地、誠の万歳楽を唄ひける。さ
れ共、今日も両三度の小地震也。廿三日、去月の今日は、
大地震。此節死去の人あらば初立日也。今日社大切の日
也など雑談して有けるに、又々可成に震ひ出しければ、
扨こそとみな〳〵わななきけるなれ共、さしたる事なく
済ければ、最早是こそ誠の打留なるべしと、いよ〳〵案
堵の思ひをなしけるに、此日も両三度は震ひける。九月
朔日にも成けれ共、一昼夜には五度三度震はぬ日とて無
き事なれば、いかにも弱くありけれ共、此上如何様の事
あらんも計難し。只々仏神を祈るより外なしと、みな〳〵
殊勝の咄也。同十二日自分宅にて、御取越を相勤けるに、
御僧を初め御客方半御出の砌、少々震出し、夫より御勤
にかゝりけるに、可成に震ひければ、御客の中にも兼て
恐怖の女中衆は、誠に以色を失ひ、気の毒也ける有さま
也。(中略)明れば安政四丁巳正月とぞ成にけり。改りた
る春にしき、昨日の鬼は礼にも来たといふ目出度今日の
元日に、尚をも替らぬ地震にて、七日の間も震はぬ日と
てはなし。是が為に咄も何やら町計にて、歎きと目出度
さ入交り、是近年仙台何某といふ物知より、晴雨考と号
小冊売弘りけるが、時、七月廿三日の大地震時刻共に違
ひなければ、豊凶共に是を信ずる也。当年は三月廿四日
前後の地震也。若地震無之時は大風雨成るべきの事故、
大評判にて、おの〳〵恐怖の心なきものなし、扨又要次
郎妻も年若なれば、無夫のもの、何時までも留置べきに
もあらず。
出典 新収日本地震史料 第5巻
ページ 232
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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