[未校訂](高橋与左衛門文書)
天保四年十月二十六日ひる過ぎ大地震にて、秋田から
越後の方迄、海辺が大被害、酒田辺川南辺潰家等もある
と聞いている。其の後小震動、毎夜四つ頃に四十夜ばか
り続いたという。
世の諺に恐しいものは地震、雷、火事、親父をたとえ
ている。地震というものは、誠に急劇(ママ)なもので、震動始
めるや否や、強きは、分秒の間で其のまま家倒れ、或は
傾斜、或は壁崩れなどして、人多く負傷するものである。
負傷、圧死実に恐しいものである。併しながら判然とし
た前兆というものがなく、只地脈に変動を生ずる為、水
に変りがあるという。大地震起ろうとする時、二三週間
位前に川水、井戸水が多く早水となり、又多くなるか変
化するという。大地震の起ろうとする一二夜前、星が常
よりも大きくなり、俗にぬか星という小さい星迄光があ
ざやかになって中天に星が下った様に見えるものである
という。
星は全く中天に下ったのではなく、大地が上に涌き上
ったのでもない。天気が変って雨になろうとする時遠山
が近く見える様なものであるという。井戸水が多くかれ、
川水等多くかれた時、星に気をつけて見る様にすれ。油
断はするな。