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項目 内容
ID J1002458
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1830/08/19
和暦 文政十三年七月二日
綱文 天保元年七月二日(一八三〇・八・一九)〔京都〕
書名 〔天保雑記〕国立公文書館
本文
[未校訂]九 文政十三寅年七月京都の大地震ハ二日の日なりしか
此日いつになく朝よりして東南の風吹てすゝしく凌き
よかりしかおもひの外に次第〳〵に風なへて八ツ時頃
ハ蜘蛛の巣にかゝりし木の葉さへ動かさりしかは自然
と蒸暑く七ツ打頃ハ空何となくかき曇り煙りの覆ひし
如くなりしか世間も何やらもの淋しく覚へたる折から
俄に風の吹出すともなく又雷の鳴ともなく西北の方よ
りして大筒にても放ちたことくどんといふや否けむり
の上にから〳〵とひゞき渡りて家鳴地震ふことやゝし
ハらく折しも大地の横竪十文字に或ハ一尺或ハ二尺程
ツゝの幅に開きわれけれは洛中洛外の家々ハさらなり
禁裏御所并神社仏閣過半ゆり崩れ其音の厳しけれは老
若男女ありて騒き声かしましく今にも天地壱ツに成も
やせんかと疑ひおもハれ殊に二条の 御城ハ四方門外
に御堀有けれハ地震ふ事も強く又破れ崩れし所も他所
にこへけれハ爰に其荒増をしるすになん
一東御門南之方台石共壱尺程地中へゆり込此通りの御塀
過半打崩土居も所々ひゝき割れ居同所往来端北の角御
堀石垣十間斗りも崩れ落候事
一北御門入口之差懸放れ倒れ御堀へこけ落候事同所御石
垣十五六軒程ツゝも崩れ是に作り有之御塀四拾五間程
に崩れ御堀へこけ落御堀を過半埋りしか十日程過又廿
日過るにしたかひ落たる土木石等折々泥中へ沈ミける
と見へて少しに成候事同所土塀之分過半崩れ破れ諸司
代表門前の御堀石垣十間余も崩落候事
一西御門台石左右より大石七ツ八ツもころ〳〵飛出し恐
鋪有様筆紙に尽しかたく既ニ此日ハ往来もしハらく止
り程すきて御中江入居候町人共も一人ツゝ出候事同所
冠木御門捻れかたむき御石垣を少々損し候事此通り土
塀過半打崩れ内五拾間程五七日過潰れ倒候事
但是ハ西御小屋馬場之□(シミ)
一喰違御門南之方御仕切石垣大石五ツ六ツ崩れ飛出し今
一トゆりにて不残崩可申有様也北之方御石垣孕ミ今に
も東御小屋之方江倒可申有様也
但此所御石垣下往来留
一同所御太鼓櫓西北へ捻れ候事尤御太鼓坊主休息所仮に
出来候事
一高麗御門御石垣左右へ崩れ土塀倒れ候事
但御門ハ五七日過倒候事
一出丸御門捻れかたふき候事
一東番所玄関遠侍とも残らすゆり潰れ其外大破
一西番所小屋も余程大破
一御煙硝蔵大破家根不残大破其外御蔵之分大破御金蔵同

一東御小屋壱軒ゆり潰れ下家之方ハ無別条外ニ壱軒大破
其外も多く損し候得共数多候へハ上ケて書取かたし
一西御小屋九軒ゆり潰れ外ニ弐軒大破当時明き小屋ニ相
成候事北外上之間斗残り下家潰候御小屋六軒都合拾七
軒大破致し候事但御小屋不足ニ付此六軒ハ無理に住居
致候事残り之御小屋も大破なれとも前同断数多候得共
上ケ而書取難し
一四ツ足御門其外御車屋稲荷曲輪辺所々破れ損候得とも
数多にて書取かたし
一西番頭組付同心小屋十七間壱棟潰れ与力小屋二軒潰れ
壱軒外ニ倒レかゝり以上三四軒
一両組御番衆方怪我人壱人も無之東組御番衆中間壱人
少々怪我三四日過て全快西組御番衆召仕侍中間ニ而八
人怪我致候得共無程全快但少々之すり疵等ハ外々ニも
有へし
一二日七ツ時過て震動強弱共数々ニして左之通尤先年十
一月酉ノ日江戸大地震所々損候所抔茂有しか其節の地
震を先ツ○此位と存右に准し見し時ハ二日七ツ時過最
初の地震
(注、○の大きさで地震の程度を示している。写真版を
参照)
○此位夫ヨリ引つゝき其夜○○○二日夜○○○○○或ハ○此
位都合其数凡四百度程
一三日之日○此位大として昼夜其数凡六百度程
一四日之日○此位を大として昼夜其数凡百度程但夜五時
前○此位一度震動致し
一五日之日ハ○此位を大として昼夜其数五十度程
一六日之日ハ同断四拾度程
一七日之日同断三拾度程但夜四ツ時○此位壱度
一八日之日○此位を大として凡其数昼夜ニ而六十度程
一九日同断三十度程
一十日同断廿度程但夜九時頃○○此位ニ弐度震動致居
一十一日は○○交り昼夜ニ而其数三十度程
一十二日は○此位同断廿四五度程
一十三日は同断十八九度程
一十四日は朝五ツ時前○此位壱度八ツ時頃○此位壱度此
日ハ昼斗夜中少々乃ハゆり候哉不知
一十五日は○昼夜ニ七八度但朝四時過○此位に震動
一十六日ハ○昼夜ニ而六度但昼八ツ半時過○此位に震動
一十七日ハ○同断五度
一十八日同断拾度
一十九日同断但暮六ツ時頃○此位ニ両度震動
一廿日同断十四五度但夜五時前○此位之震動三度有之
一廿一日同断十度程
一廿二日○同断十七八度
一廿三日同断十三四度
一廿四日同断弐度
一廿五日同断六度
一廿六日同断拾一度但内壱度○此位
一廿七日同断三度
一廿八日同断十二度但夜中厳敷雷風雨強少々之震動不知
一廿九日同断拾六度
一晦日交々同断六度
一八月に入毎日〳〵昼夜凡弐拾度程ツゝ少なきときハ三
四度程ツゝ之震動近年珍敷地震也
右有様ハ大御番頭内藤豊後守殿二条戊役之砌也此一書ハ
御同人与力山下忠右衛門より借得テ写置ものなり
于時天保二辛卯歳晩夏
出典 新収日本地震史料 第4巻
ページ 457
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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