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項目 内容
ID J1001458
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1812/12/07
和暦 文化九年十一月四日
綱文 文化九年十一月四日(一八一二・一二・七)〔江戸・神奈川・保土ケ谷〕⇨八日
書名 〔泉藩家譜〕○江戸本多家文書
本文
[未校訂](忠誠公当御代)
一同十一月四日夕八半時頃近来ニ無之強キ地震有之候御隠居様
兼而御嫌(ママ)被遊其上此程少々御容体被成御(ママ)坐候ニ付早速
鷹橋御屋敷へ八木惣兵衛為御使被進御機嫌御伺御障不
被為在候段御答被仰進候
但外桜田辺より丸之内別而強キ地震ニ候由場所ニ寄御
屋敷方長屋向土蔵町家ニ而も土蔵等余程之破損所出来
之由夜九ツ半時又々余程之地震有之其後も両三度少々
宛地震有之四ケ所御屋舗は別条無之候事
出典 新収日本地震史料 第4巻
ページ 329
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 東京
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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