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項目 内容
ID J0803393
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1751/05/21
和暦 寛延四年四月二十六日
綱文 宝暦元年四月二十六日(一七五一・五・二一)〔高田・越後西部〕
書名 〔見附市史 上ノ二〕○新潟県
本文
[未校訂] 延享三(一七四六)年十月十四日、今町で大火が発生し
て七四戸を焼失した。宝暦元(一七五一)年四月二十五日、
高田で大地震が発生した。高田では近郷も含めて全半壊家
屋七、〇〇〇軒余、圧死一万六、〇〇〇人余の被害を出し
たが、この地震は中之島近辺にまで被害を与えた。幸い死
傷者はなかったものの、中之島組では全半壊家屋一〇〇軒
余におよんだ。村松領内では、鹿熊村与左衛門、新町甚之
助母の二名が落下した梁の下敷となって死亡、本所組では
六軒が破損し、大平堤の土手も破損した。
出典 新収日本地震史料 第3巻
ページ 549
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 新潟
市区町村 見附【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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