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項目 内容
ID J0700025
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1703/12/31
和暦 元禄十六年十一月二十三日
綱文 元禄十六年十一月二十三日(一七〇三・一二・三一)〔関東〕
書名 〔下谷区史〕
本文
[未校訂](二) 元禄十六年十一月二十二日の地震火事
 この日、関東一帯、殊に武蔵、相模、安房、上総の諸国
は大震であった。而して小田原と江戸との被害は最も甚大
で、慶安二年以来の大地震と称せられてゐる。震源地は慶
長九年の地震と同じく安房の東南海中と云はれ、余震続い
て止まず、翌年五月まで揺り続けた。然も第一震で、江戸
城石壁、多門櫓等をはじめ武家邸、町家の破損甚しく、潰
家約二〇、一六二戸、死者五、二三三名の多きに上った。
わが区の被害も甚大であったことは想像するに難くない。
この惨状の中にあって、二十九日夕、小石川水戸邸より火
を失し、混乱の中を本郷、下谷、浅草、本所と延焼し、深
川に達して十二月一日漸く鎮火したのである。
 この劫火に、わが下谷の目抜きの場所は殆ど全部焼土と
化した。今その焼失区域を挙ぐれば左の如くである。
下谷無縁坂 松平飛騨守邸、松平大蔵大輔邸、興安寺(片
町二町程)、天沢寺(表門残る)
切通 坂入半平、佐山庄左衛門、関口道隆、前田源
左衛門、稲留喜八郎、浅井勘兵衛町屋全部
池之端茅町 七軒町、松光院、真光院、宗源寺、常円寺、
覚昌寺、永松寺、大正寺、東淵寺、正慶寺、
京極兵部邸、妙鏡寺、休昌院、徳川家宣邸、
秋元但馬守邸
谷中 天眼寺、本禅寺、玉林寺、妙伝寺、松平伊豆
守邸、善光寺、真行寺、妙常寺、本覚寺、本
行寺、竜泉寺、妙法寺、大常寺、妙雲寺、大
宝寺、福宗寺、西光寺、不動院、深寿院、源
寿院、瑞泉院、瑞輪寺、蓮花寺、泰応寺、妙
隆寺、西源寺、瑞応院、感応寺
上野山内 勧善院、養寿院、津梁院、林光院、本覚院、
円珠院、等覚院、松林院、東円院、明王院
新黒門町 同朋町、筋違橋より黒門前まで十町、下谷二
長町、長者町
出典 新収日本地震史料 第2巻 別巻
ページ 98
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 東京
市区町村 下谷【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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