地震史料集テキストデータベース

[未校訂]浦見川は寛文年中の開鑿にして水月湖の水を久々子湖に通
ず。その開鑿は最初京都の人後藤治兵衛の手代谷口甚右衛
門、京都嵯峨角倉の手代稲笙久右衛門下着して浦見峠の東
に小屋を建つ。起工は同月二十七日なり。此時郡奉行は近
藤長兵衛。代官は嶺尾平左衛門、鳥見助兵衛なり。即ち工
事を谷口、稲笙両人に命じて、各小浜に帰れり。両人数百
人の人夫を使役して九月二十四日迄従事したりしかども、
天候順ならず、工事捗らざりしかば明年を期して京に帰れ
り。此時久々子湖の排水は御蔵米二十俵にて谷口、稲笙両
人の手より、久々子、金山の両庄屋下請負して、寛文二年
正月十一日より久々子湖エラノ脇を堀切りたり。斯くてあ
るうち同年正月中旬より天候常ならざりしか、遂に五月朔
巳の刻午前十時京幾近国大地震、丹波、亀山篠山両城、摂津尼
崎、近江膳所及小浜等の諸城崩れ、被害また北海諸国に及
べり。此時三方郡は丹生浦より早瀬に至る五六里の海辺は
十間乃至百間、殊に早瀬浦にては百三十間ばかりも沖へ干
上り、三方湖も長尾の山より嵯峨山に至る五尺或は八尺も
淘上り、坤の方は数尺淘下れり。為に気山川口、崩潰閉塞
し、湖の水流れず、水準増すこと一丈に及び、沿湖の三
方、鳥浜、田名、向笠、田井、海山、気山の各村の田甫、
水を被ること凡千七八百石なり。即ち三方は水、寺門前近
くまで及び、鳥浜は水底となり、上は笙の間の猫繩手たも
の木と云処まで水こみ、猶佐古の善光寺に及び、田井にて
は宮の前井ノ口と云処に及べり。住民難を避けしものは鳥
浜の七十二戸は小今庄に小屋をかけ、田名二十九戸は白山
坂の左右に、伊良積十三戸は高嶽の麓に、海山村二十九戸
は上光寺滝の下口に小屋を作り、気山の湖辺の住民は谷の
間岩の洞小松尻等に住居を占めたり。因て国主酒井忠直、
之を救はんとて検使を遣し、気山川を検せしむるに、川底
に百二十余丈が程つゞきたる大磐石ありて、其功成りがた
き旨を復しければ、重ねて見分の為に老臣を遣して、審議
を重ね、浦見坂を開鑿するに決し、家士及び領内の百姓
に、百名につき二人の人夫を課し、梶原太郎左衛門、行方
久兵衛を惣奉行として之に従はしむ。両人命を受けて直に
浦見に到り、普請小屋を建て、工事に要する器具は小浜鍛
冶をして急ぎ製作せしめ、人夫を招集すること千七十五
人、鍛冶大工下奉行杖突等を合せて総計人員千百二十六
人、各部署を定めて、工事に着手す。鍬初は同年五月二十
七日或云二十三日辰刻なり。
斯くて工事の進捗に従ひ、坂の南北各四十間許の処にて岩
磐現はれ、業容易ならず。即ち越前より石工百余人を召し
て、片時も油断なく工を督す。
人夫倦怠し数へ節を作りて奉行を嘲ける。是歳九月十七日
或云十二月七日漸く細狭なる川道を通ずるを得たり。その水勢急に
して渠底、左右の土石を流し、坂の西方大に崩る。即ち石
工をして之を除かしめ、亦大に人夫の労を助くるを得た
り。是冬、明春亦普請あるべしとて、普請小屋守を置き、
郷中より普請中の薪を徴す。雪中にて未進多く、百姓亦怨
嗟す。翌三年正月二十五日、又土を起し、五月湖辺耕作の
期に至る。即ち坂の西方より開鑿して水際に切り下げ、四
月十九日、渠口を堰止め、石工をして前年未だ竣工せざり
し個所を切取らしむ。同月二十九日に至り、広さ渠底にて
四間、深さ前年より七尺を加へたり。五月朔日、堰を除
く。かくて浸水の田甫悉く復し、新に干潟を田井保にて一
町二反許り得たり。是歳国主忠直暇を賜ひて、六月二十五
日江戸を発して国に下る。道に浦見坂の工を巡視し、久々
子、三方両湖の水準を均しからしむ。六尺五寸の差ありしと云その翌四
年二月十九日久兵衛等藩命を帯びて三たび浦見に至り、同
月晦日、更に渠口を堰きて、約四十間の堀坪を堀らしめ、
又京都白川の石工百余人も到着せしかば、三月八日その丁場
を受け取らしめたり。
こゝに久々子湖の排水口たる早瀬川は其両岸砂原にして崩
壊し易く、且川口狭くして排水充分ならざる為湖水久々子
湖に漲ること多し。因て亦浦見坂の下奉行及人足を分ち遣
はして之を修め、幅員を九間となし従来二間且両岸に長さ百四
十間高さ六尺の石垣を積み之に橋を架す。是より湖水を排
出すること速にして久々子湖畔にも新田十二町余歩を得た
り。
かくて久々子水月両湖の水準衡を得たるも渠底浅くして舟
楫に便ならざる恐あるを以て、又更に一尺深からしめ、五
月二日に堰を除き此に於て全く治水の功を竣へたり。即ち
浦見坂開鑿工事は寛文二年五月二十七日に始まり、同四年
五月二日に完成す。その人夫及費用は左の如し
人数二十二万五千三百四十九人下奉行、杖突、足軽、扶持方奉行、道具奉行、鍜冶奉行、御家
中、出入郷人足（国中敦賀郡）郷中間、大工、鍜冶
扶持米三千八十二俵二斗九勺
瓦木三万六千九百九十八束七分七厘
此代米三百七十六俵二斗六升
合計三千四百五十九俵六升三合九勺
銀積り五十五貫七百六十九匁八分九厘
銀　四十貫六百五十七匁四分一厘
石切賃（石坪六百四十四坪三合三勺五才）
銀一貫八十匁　日♠石切　三百人賃
銀二貫百四十匁六分四厘七毛
鉄千四十一貫百十五匁代（普請道具に作る）
鍛冶炭二百九十六俵代
銀百二十六匁九厘　万小買物代
銀都合九十九貫七百七十四匁八分九厘七毛
金ニ積リ千六百五十九両二歩
而して、その浦見山切通しの長さ八十間、頂上より川底に
至る高さ二十三間川底にての幅四間、川の長さ百八十間な
り。また得たる所の新田、三年なるを卯ノ干と字し四年な
るを辰の干と字す。同七年新田を検地す。卯干検地奉行、
行方久兵衛、岡田与三右衛門、その竿入高四十九石六斗九
升五合。辰干検地奉行、行方久兵衛、池田八右衛門、岡田
与三右衛門、島田助兵衛、その竿入高三百四十五石余。総
計三百九十五石二斗三升三合なり。因て三方、鳥浜、気
山、佐古の邑を分ち、各土高二十石を給し一村を成さし
め、称して生倉と云ふ。又田井野、河内、世久津、海山、
北前川、気山等の邑民を分ち同高の田を給し、一村を成さ
しめ、称して成出と云ふ。生倉、成出の名は、浦見川御普
請について田地殖へ、猶亦イクラモ成出テンと云ふ意にて
称せしなりと云ふ。