[未校訂]文政十一年十一月十二日朝五つ時に自信があつて、
三條町のみで百十四人の死亡者を出し、潰倒した家
屋四百四十八戸、土藏板倉二百七十四棟、同時に火
災を起し、家屋七百六十三戸を燒失し、東本願寺掛
所諸堂三個寺を燒いたと旧記に見えた、
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項目 | 内容 |
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ID | J0300882 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1828/12/18 |
和暦 | 文政十一年十一月十二日 |
綱文 | 文政十一年十一月十二日(西暦一八二八、一二、一八、)越後國地大ニ震ヒ、神原、三島兩郡震害多シ、就中三條・燕・見附・今町・與板等ニテハ家屋ノ倒潰夥シク、特ニ三條町ハ全潰シ、死者四百人ヲ出シ、且ツ全町燒失セリ、見附モマタ全潰・全燒ス、震災地全般ヲ通ジテ潰家九千八百八戸、燒失千二百四戸、死者千四百四十三人、負傷者千七百四十九人ニ及ベリ、 |
書名 | *〔南蒲原郡史〕○新泻縣 |
本文 |
[未校訂]文政十一年十一月十二日朝五つ時に自信があつて、
三條町のみで百十四人の死亡者を出し、潰倒した家 屋四百四十八戸、土藏板倉二百七十四棟、同時に火 災を起し、家屋七百六十三戸を燒失し、東本願寺掛 所諸堂三個寺を燒いたと旧記に見えた、 |
出典 | 増訂大日本地震史料 第3巻 |
ページ | 279 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
都道府県 | 新潟 |
市区町村 |
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