[未校訂]寛政三年辛亥四月十七日朝夷郡江見村西山鳴動し山
上の寺院境内俄に水を噴出す、少頃にして寺陥没し、
唯だ屋根本堂の棟瓦及び杉木の梢を現すのみ、周遊
竒談に曰く、安房國江見村に一禪刹あり、古泉院と
いふ、二十石の御朱印地なり、和尚誦經せし折から
一人の小僧報じて曰く、後〓より急に水湧き出でた
り、不思議なる事どもなり、時に一人の下男庫裏の
橡先に水吹出すと見る中に、境内の大杉の根株に水
のつきける故一人の容僧〓下男は驚き堂前へ走り出
で、大聲に呼はりけるは、今にも寺院水中に沈没す
べし、早々和尚退出し給へといひながら逃出す、和
尚は御朱印と過去帳とを左右の手に提げて危く門外
に出でんとするに、はや本堂三分は水中に沈み、終
に和尚は死骸後までも知れず、何處へか亡げうせた
りとも水死せりとも定かならず、〓〓半時間にも足
らさる間に、其寺堂殿悉く水中に陥没せり、近邊の
人々行いて見るに、門の屋根と本堂の棟瓦とのみ少
しく見え、大杉の梢も僅かに地上に見えて、幹は地
中に陥没せり、希有のことかなと人々大に驚けり云
々、