地震史料集テキストデータベース

[未校訂]同年○天明三年七月六日夕七時半頑、西北の方鳴動、諸人膽を冷す、翌七日猶甚しく、江戸中に灰降る、是れ淺間山の燒けたるなり、此時おのれ、十五才なり、六日は、時ならぬ風吹き、北烈しかりし故、屋根などに灰の積りしを、人人灰とも思はず、風塵とのみ見すごしけるに、六日の夜中、積りし灰を、七日の朝人々見て愕然せざるはなし、おのれも硯箱の塗蓋を、物干へ暫持出し置たるを取入れ、指頭にて字を書きて試みしに、霜の厚く降りたるが如し、家内打寄りて之を見て、如何なる天變にやと種々に評しけるに、家翁の云ひけるやう、寳永四年、不二山燒けたる時、江戸に灰の降りしことあり、昨日鳴動したるは、西北の方なり、此方に當りて江戸近き高山は淺間なり、常にも燒くる山なれば、恐らくは淺間の大燒ならんと云はれけるに、人は然りとも思はず、此日は一日往來も稀なり、八日は快晴無風灰も降らず、諸人安堵しけるにや、往來常の如し、九日の夕方、亡見の友なりし、伊勢町の米問屋丁子屋兵右衞門が長男斐太郎とて、千蔭翁の書も歌も門人なるが來り、上州よりの書状なりとて見せけるに、淺間の燒けはじめて騒然たり、〓兒、家翁が推量の違はざるを〓服せられき、家持は享保七年の生れなれば、近き寳永の燒を、〓たちの話しにも聞かれしならん、