地震史料集テキストデータベース

[未校訂]一天明三卯年初春、信州淺間岳の火氣甚〓晝夜鳴動しければ、山下の近郷村々里々人民たゞ事ならずと、幼童婦女子は遠く走て如何の變事可育之と評議まち／＼なり、此空曇勝にも殊に雨天おほく、しかるに七月七日八日、淺間山黒雲天を覆ひ震動雷聲夥しく、すわやと見る内、火氣一時に發り、其凄しき事言語に述がたく、依て輕井沢追分宿は火中燒熱泥水湧出、大成燒石の飛出事夥敷、碓井峠坂本妙義、安中に至りては別て極難、東のかた山々一同に熱泥吹出し火勢強故、熱泥湯の湧出津浪のおし來るごとくにて、たとへバ釜中に蝋のとけるにひとしく、民家大におどろき、俄に高山に馳登、またハ竹杢森林に取のぼり、或は寺院に入と云へども、熱氣に蒸立られ、心氣つかれ、おのづから泥中へ落入終に空しくなる者幾千人と云數をしらず、夫而巳ならず八九間も是有また八拾三四間の大磐石を吹出事、所々其落るところ火煙と成、また其所より熱泥おし出す故死亡の人民、牛馬鶏犬しるべからず、此大變信州は却て少く、燒砂のふり積る事、信上の境にては壹丈五六尺、碓氷辺にては殊に多く、安中松井田倉賀野高崎伊勢崎辺は所により燒毒砂壹丈餘、其毒氣にて草木みな枯、青き物とてハ更になく、井水毒うつり、是が爲に人多く死し、または病を生ず、武藏、下總、上總、常陸、房州、下野、奥州、いづれも所により大小ハあれど燒砂降て草木かれ果、また中山道本庄宿辺ハ晝夜の差別なく、漸九日夕刻にいたり日輪を拜す、戸外を見るに往來田畑丘川等之差別もなく、只大雪の積れるごとく、上武の境、神奈川などへハ大小の燒石、山の如く積り、扨右之變によりて利根川へ人馬の死亡押流し來る事夥しく、宮より其骸をとり上、壹所に埋め弔ひ給はりぬ、川々の水に毒移り、河魚自然に浮上りながるゝをとりて、江戸へ持出し賣ける故〓、身にあたりて煩ふ者多く有之、此變事によつて上信に縁有者ハ、われも／＼と旅立し、て安否をとひ、戻りし者の咄しを聞に、變死の骸をみたる者、誠に無常のおもひをなしける、山の端谷間原野または竹木に取つきたるまゝ死しけるもあり、石に打れ、老たるは幼児をいだきながら死し、溝池におち入、又は泥中に首ばかり出して死たるもありて、まことに無間地獄のありさまも是には過じと、目も當られぬ有様なり、江都も七日明がたより震動して空かき曇り、西北のかた真暗になり、雷の如く音して砂ふり、所により二三寸積る、是によつて関東奥羽凶作の基ひといふは、燒砂毒風の氣にふれて、米穀野菜とも格別高直なり、翌辰とし飢饉といふは是らの事より發りしと云、