[未校訂]をちこち人の見やはとがめと、ありし昔より今も猶たえやらぬあさま山の煙、おとろ/\しう、たちのぼり夏ふかき、みとりの空も見えわかず、あつき日のかけさへおほひてをちかたの里々も山なすまで砂ふりつみつゝ鳴りとゞろけばいづくも/\ゆすりみちぬまして此ちかきわたりに住ぬる人々いかゞおそろしくやはなき岩ほも山もくつかへるべきけしきに鳴とゞろくさる事さへあるにとすればあらましき風のきほひに雨のあし、しげくいとゞひゞきませとにや神さへなりて、明くるゝ日かずにそへて山はいといかめしう、鳴みちつゝ立のぼる煙のうちに、稲妻ひらめき、よるは峰よりほのほ、もえあがり見る人のおもひさへけつかたなく何わさしれてんともおもはずたゞこのうれへをのみいひあはせて日頃に成りぬ。心しづかにまどろむ夜なくてあかしくらすに水無月廿八日けふはことに空の氣しきもものすごくうち詠めらるゝにいよ/\くろ雲おほひ雨の降りければ戸さしかためつゝいとゞ物の色あひも見えわかず神なりみちておちかゝりぬべくおぼゆるに石のまじりてふりにふるといふにぞいかでさはあらじといへばあれ見給へとて戸すこしおしあけぬるまゝくびさしのべて見るにげにあきましうおそろしともいはんかたなく、そゞろさむくさへなりてきしかた行末おもひつゞけらるゝにつみふかき人のいたるところとつたへ聞きにしぢごくとかやいへるものしる所にやあらんさてもいかばかりのむくいにてうつゝの人の見ることかは、かゝる事もなき日頃だに見しふる星の戀しうおもひいづるをり/\ありしがいにしへも今もやん事なきおぼん方々さへしも身のすぐせにまかせ給ひてはとほきくに日の本のかぎりまでもおぼし立給ひぬるを、ましてかくたとへなくはかなき身のほどよ、いかなる山のおく、谷のそこにもすぐせにまかせつゝ住はつべくとおもひのとめしが此ごろは何事もおもひ給ひやらず、たゞふるさとにひとりものし給ふおやのみ戀しうおもひ出られて、
戀しさにながむる空もかきくれて
猶故郷ぞとほざかりぬる。
心ぼそくおもひつゞくるに猶あらましくおとたてヽ石さへまじる雨のあしあたる所まことにとほりぬべくはためきおつ、たれも/\心たましひなく男女みだれ立さわぐちかき頃も山のなりひゞきし事はありしがどもかく石などのふりし事は聞きもつたへずなど、とし老ひたる人はあさましくめづらかなる事といひあへり、やう/\暮すぐるほどに神すこし鳴りやみて雨のあしもしめるやうなれど名殘いとゞおそろしく山はなりわたりゆすりみちつゝ波かぜのあらき舟の内たゐたらん心地するにいとものむづかしくたへがたくおぼゆ皆人々もかゝる前にいかでかあらむいづちへも/\はや立さり給へかしなどいふちかき頃もかくてともことなくしづまりきかの山のすそにすむ人だに立さわぎ侍らぬにわかきわたりといへども道のほども六、七里や、へだゝりたらん、さるを今たちのき椿らばかの人々の心をもさわがせ事ゆゑなくしづまりてたちかへりこん。うしろでもいかゞあは/\しからんかの麓の人々も立のき侍るときくをりにきてともかくもおもひたゝめなをいふを聞くにつけてもけにさもあるわざなりやかゝる事にさわがれて此山を立ち出でなばいとゞど心あさしとや世の人にもいひおもはれむなどとさまかうさまいと物わびしくおもひわづらひつゝ月もかはり秋にもなりぬけふはすこし空もはれておそろしきものはふりこねど山はいやましに鳴りひびき何事もおもひにかたちのぼる煙もうすろかずはる/\とうちなびき秋立ぬるそらの色もいとゞめにはさやかに見えず、いつしか吹きかへぬる風の音のみ袖にしられて
けさははや秋とばかりにふく風の
ほのかなくも先ぞ身にしむ。
前栽のかた見いだしぬれば此日頃ふりにし雨に萩もすゝきもうちふし木立たて石などもをれかへりぬべき氣しきなりかゝる里はなれたる住家なれどありふれば時につけつゝところにつけて中々あはれもまさり、めづらしくおかしき事も見きゝさるをり/\は都人の音信もまたれしが此頃はかの煙の外にたちまじる人もなく松風のこゑさへをとにけされてきこえわかず、かずしらずなげかしきことのみにてあかしくらしぬ七日にもなりぬれど星の逢夜もいとおぼつかなきそらの氣しきなりしに此垣ひとへをへだてゝものしたる人の夕つかたとひきておなしさまの事いひてなけく/\むかし今の物語などしつゝかゝることに心まどはしくらし侍れどもせんかたなく今宵は歌ひとつづゝよみて星にたてまつり得らんとすゝめければ、
舟出していそくあふ瀬の綱手繩
くるまつまもほしやわふらむ。
このすゝめし人
なかれての契たてせぬ銀河
いかにかけつる世々のとし波。
玉永の
へだてこし恨もあらしたなばたの
中の衣をこよひかさねて。
手向のくさ/\もうちくらしぬればいとゞこしをれたる事のみいひつと暮ふかく成りゆくまゝさもすさましう鳴りひゞくに人々いかゞなり行く事とて、ろうに出でゝ山のかたを見やればよるは猶こゝもとにちかづくこゝちして峰も麓もひとつにほのほもえあがり、みねよりつたひてまろき火おちかゝるまで見ゆ、わなゝがれつしこはそもいかなるものゝ火になりたるにかあらんと、とへばかたへの人のあれはゐわうの石のほのほにつゝまれてたちのぼりしがおつるにやあらんなどいふにいよ/\おそろしくてさすがに見もやらず、ひき入ぬれば見しものゝめにつきそひたるやうにて夢をたに見ず秋もまだあさきほどなれば夜もはや明はつるに八日今朝は猶そらもうちくもり日かけも見えずいとゞむねもあく時なくいづるいきの余をだにまたずいみしうなりひゞけばあるかぎりこしにつとひてさかしき人なくいかなるつみ、をかしてかくおそろしきめをば見ることぞ神はあきらかに佛はじひ、第一によしまさば此うれへしづめたるへとて空をあかき地をたゝきて念じたてまつる何かしらをきなかりし時山のあれし事侍りとが廿日あまりしてしづまりきかく月日ふる事いまだしらずちかき頃ほかもいつとかやいへるともにもかゝる事侍りしがおはやけはしきこしめしたてまつらせ給ひてあるべきところとこなのみやしろにみてくらさしけ又は村人ある僧のかぎりして、たふとき事をもおこなはせ給ひとかばことなくやみはべりしとぞうけたまはる之れも今聞しめしたてまつら仕給はゞさる事や侍らんかゝるみやまのを草さへほと/\にさけて願たて侍るもかをとて我れたのもしきにしたとくいひてまた經よむを聞きゐたる外のかた心をのこともこゑとて今なん淺間山くつがへりて爰もとにきたるぞとてさけびわたる人々あしをそらにていつちにゆきてたすかりぬべき命ともおもひれかずわれか人かにたすけられつゝからうしてうしろの山にいたりぬるほどさらにいはんかたなしこゝろなけき侍る中にとし老ひたる人の今をときはうれへ侍りていゆちつれなくてよほひの末にかゝるめ見つる事よとて水無月の末つかたより外にもいでずぬりこめの内にのみありしを何事もおもひ給ひわからずながら此人を先づたすけいたしつゝ跡につゞきてのぼりぬるたれも/\心たましひなく道とおぼしき所はゆかでたゞたてきまに松がね岩がねにとりつきつゝはひのぼる。ましてをうなは心のみさきにたちてゆけども/\おなじところにのみあな心地してやう/\人にたすけられつヽのぼりはてつ。さりともいかゞなりぬるにやとおそろしさをねんじて見かへりたれば家とおぼしき物も住みなれし里もなくてめのおよぶかぎり墨をながしたるやうにて我こしがたもわからずいかなるものにかあらんことかしこにほのほ立ちのぼりつし此山まであらましき波のうちよするやうに見ゆ。鳥のわたらんよりもはやくあまたながれわたる物さだかには見もやらず、かくて世はつきぬるにやといとゞ氣のぼりてふるひ/\からうじて、しようの峰となんいふに至りぬ。人々曰はやなかばくだりたるもあればやすらうまもなくいさりをりぬるに木立しげりそひていよ/\道も見へず人のもてゆくましにひかれて山あひのすこしなだらかなる所にいでぬ。此わたりちかくものせし正永のはらからなどもあまたもたるか諸ともに皆ひきぐしてこゝにはしり來たるうちみれど物もいはれず。たれも/\いける人の色なくぬのみおほきうなりて涙さへいでこず老たる人はいとゞほけ/\として人のうしろにひたと取りつきてなさゐたるささなきものはかく人々のさまよひありしをめづらかにをかしとおもふにや人にいだかれてたはぶれつゝ〓みたるもいとゞ哀れなり、ましておやにもこれをみたらんいかばかりとおもふは何事もあもひ給へねかずながらかゝる事のふとおぼゆるも猶うき心は身をはなれぬはこそとなに事もおもひわかざりしよりも中々あさましくかなしき事いはれかたなしかくてもあられずとてむかひの山にのぼるこれは榮のみ生のたる山にてたよるべき木蔭もなくれいのたすけられつゝ夢のこゝ地をゆくほどに草津とかといへる所にしる人ありてかゝること聞き侍るとてあをたなどもたせて人をおこしければ先づ老たる人をのせて我ものりつ、たぞのりねをもいはまほしかりしかどかの所は出湯ある所ときゝしかばゆあみする人あまたあらんにかゝるうきの見つるはいかなるものになど人にみられんる淺ましくはつかしくもすだれをたれこめて行くに人あまたして經よおこゑたからかにきこゆ。なにならんとやをらさしのぞけば今も猶なりとゞろくは耳をつらぬくやうなるにあはせて僧あまたうちならびてそらにむかひてうちあげ/\よみ居たるなりけり。やう/\かしこにいたりぬ。あるじ出むかへてねもごろにもてなしつゝ淺ましくめづらかなる事かなかゝる事なんいまだ聞もつたへ侍らずましていかなる心地かしたまふらんなどいふこゝにあるかぎりみな正永のしる人にしあればつどひきつゝ誰々もおなじさまの事をのみいひつゝくるもうるさしやこゝも猶たえずゆすりみつるに出湯の瀧のおとにさへひらきあひていとかしかまし、飯などもてきてすしむれど見もいれられずおい人にすゝめなどしてあるほどにはたいかめしうなりとゞろくかたへの者いふやうこゝの山も此夏頃よりなり侍るとて、ところの人おそれ侍ると今なんかたりはつるをきけりといふかゝる折から誰いふことともなくてよからぬ事いひいづるものなればあるかぎり、さかしき人なくあがつま山も昔は煙たちしと聞きつたへ侍るにこゝも波山の麓にしあればさる事もやなどいひて立ちさわぐ又いかなる事にかと心もとなし外のかたにもあはたゞしげになに事かいひつし行きかよふ。あるじ來りて此ごろもゆあみする人此おそろしさにえたへと皆ちりうせ侍りしが猶のこり侍る人々の故郷にかへりはべるとてさゞめきあへれば何事もあはたゞしとて又たちていぬ。此所の人々も誰かれははや立のきはべるなどさだかに聞もあへず、さはこゝにもあられし、はたいづちへかゆかむ、ひんがしのかたはしたしきしるべあれど道も絶えぬれば北のかたへこえ侍るべし。さりとてかくあまた引きぐし侍る人も道のほどもおぼつかなくおもひ給ひぬれば〓なにかとなこ見さるべき所かまへてむかへてんしばしこゝにをまは給へなど人いへどはらからのおもとさらに聞きいれずかくうき事ももるともにあひてこそのこうはべらば、とは侍らんいかなる所にも此なりひゞくおとの聞えざるむかた、ともなひ給へ道にていかになりはてぬともさらにうらみ侍らぐとて立ちいでぬれば我のみのこるべきやうもあらねば又こゝをさまよひ出ぬるほどは月も西にかたぶきぬたそがれは頃に野はらを〓な過ぎて山にさしかゝりぬるに日は暮れはてしそゞろに物すごくいと心ぼそしよひ月のほどなれど空うなくもりていとゞやみぢをゆくに猶も夢かとのみたどらるゝ。やゝのぼりゆくに雨さへふりきぬ、さるゝしゐもあらねば笠もとりあへずぬれにぬれつゝのぼる岩ほをつたひつゝ行くほどに、なにの色めもわかねどひだりみぎりに埋水ながるゝおとはるかに聞えたり。しもはばかりしなれぬ谷になん侍ると人のいふにいとゞ水をふむ心地してあしをたつべきやうもなき岩のはざま/\をはひわたりてゆくほど言葉にもつくしやられず雨のふりそふにやどるべき蔭だになく佗あへり。やゝのぼれば大なる木ともの枝うちしげるあひだを分けつゝからうじてしのゝめちかきとおぼしき頃みねのかははしをわたりぬ。いみしうなりひゞきてふむところとほりぬべくゆすりみつ、猶さめやらぬ心地して鳥のこゑだにきこえず夜はあけはつるに雨もやう/\をやみぬ今ぞかうじはてゝねんじあへず木の本にうちふし、はやたえず成にて侍り、こゝにていかにもなりはて侍らん人々はこし給ひねといひつゝふしぬ。身はひえかへりわなゝがれてこゑうちふるの物もきこえやらずさこそおはさめたれ/\もかうじはて侍るとて皆そひふしたり。
さるおそろしき山なれば、むすこへかよはずのるべき物もあらざれど老たる人をのみあをたにのせたりしが道におくれしをこゝにかつぎ來る又松とほしきぬるまゝ人々神佛のたまひぬるぞとて草木とりあつめつしたきぬれど雨にあたりて露はく水の中より引いでたるやうにてふとももえぬをとかうしてたきつけ人々はやこゝにより給へといへどとみにも顔をあげられずすこしおぼゆる事とこはわれこゝにてほかなく成なばふるさとにものし給ふ母の聞き給はゞいかばかりかなげき給はんはたこゝらの人々もいかにもとき侍らんとおもふにぞ此世にて今一め母にまみえさせ給へと、こくうそうぼさちあみだほとけをねんじたてまつるをりにゆう/\いきいづるまゝしひておもひおこしてをりたく柴のもとにはひよりつゝぬれにぬれてはる/\きぬる衣をほしなどするほどに猶おくれし人きたりてこゝかしこに火たき打よりつゝほしあへる。かゝるほどにあら/\しきをとこのふたりみたりきたりていかでかかゝる所をばこえ給ひし、鳥だにやすくかよひ侍らぬ物をといふを見れば小田にたてらんものゝやうにてげに鳥もおどろきぬべきこゑしてさきにこえ給ひし人のはや行きてたすけまゐらせよと、のたまひしかばかくきつるなり。いさゝせ給へと聞ゆれどうごきぬべうもおぼえず、さりとてこゝにとじまらんやうもなければこれにたすけられつゝそこともなくさまよひ出ぬ。今はいづこをさしてかゆかむたゞ此ひゞき聞へござらむところへいざなへかしといへばさはおほよそ廿里あまりがほどは、にしひんがしへもとゞろきぬべし地のすぢをひけるかたは百里こえぬともとうすべければこのうれへなき所いかでもとめむ。おぼしいづるよすがや侍るときこゆ。げにさりや信濃なるしふゆといへるところにゆかり有けるをおもひいでゝこれなんほどはさまでとほからずといひあはせてかしこに心ざすにもゆくべき道なし、うはらからたちやうのものゝみあしのふむところしらずおそろしき木草生しげりたる所をかの男を先に立てこゝかしこたよりあるかたをわけに分入てしるべすれど行きなやめるさまともあさましともいはんかたなし誠やみたれたらん世に女わらべのかゝる山おくにさまよひありきし事は昔物がたりに聞きつたへしが、めのまへにかゝるうきめを見ることいかなるむくいにかあらんとさきの世いふせなんやう/\跡なき道をもとめいたして彼所にいたりつ。げにこゝはす方ことにてひゞきもとほざかりぬれば人々心おちゐていきつゝ心地す。こゝにとまりて日かずをふるにやう/\山もしづまりぬといひあへれど蜑の子のやうにてかへるべき宿もなしかくてものするほでおもはずなる。ついでながら、ぜんこうじにまうでゝ年頃ねぎわたりしみほとけを、をがみたてまつらんとおもふ心つきぬされどいたく、かうじにたれば、しばしつかれをやすめてこそとあかしくらす、たゞつく/\と夢のやうなる事をおもふにも常なき世のことわりもかゝるうきめはためしすくなく、おもはぬ山のおくまでさすらひきぬるさまよ、いづこを宿とさだめぬも心ほそし、かくゆゝしき事はたはぶれにもとゞむべきにあらねどめにちかくあさましく、むくつけきこと見つるもかつはめづらかなれど後にも人につたへきかせむとはかなぎすさみに、かいやりすつるのみになん。
善光寺参詣詠草。
草の枕は最事のならはしなる中にもこたび淺間山ゆゝしうやけぬも名残にてなれにもふる里のかりばにもなくあれはて久しうなれむつびし人でおほかたは身まかりあるは生のこれるもところさだめずちり/\になん成つゝみづからも、しな濃の國善竟寺にたびねもてうつりゆく世のありさまおもひつゞけしあまりに、
かねてよりさだめなき世と聞しかど
かばかりにとはおもはざりしを
ひたすらにのかれ住むべき奥山に
身をすてゝさへそむかれぬせや。
おなじたびねの友をなぐさめんとて、よみてつかはしける
諸ともにうきをわするゝよすかもや
ありなん事をなぐさめにして。
當地のあみだ如來は三國にならびなきおほん佛にましませば、ちゝのみらいのために如來の御前にて、ぼだいのことをねがひたてまつりけるに、あまたのそうたり、みだのさんまいをとりおこなひ給ふたふとき事かぎりなし、かゝるありがたき御法にちやうしぬべきはしようちのわうしよりもうたがひなくかたじけなきの淺からずふかきおほんちかひなど大導節の物たがり給ふにかのあんらくの國にてみだ佛の常に説法をし給ふよしおもひやりたてまつりて、
なき人のつねに聞らんまれにしも
あふはたふとき法のをしへを。
天明二年神無月十日あまり如來の御前にてたらあねの供養とりおこなひぬるにありし世の事どもおもひいでしなみだにかきくれ、
わか山にもころはとゝせのむかしにて
袖やみむなし色はかわらず。
江戸に住み給ふ母の老まさり給はん事の明暮心うく國をへだてすみぬれば常になつかしう日夜ともに見たてまつらぬ事のあかすかなしく殊更世の憂事はきかせたてまつらず心やすく、すぐさせまらゐらせたく神佛たのみたてまつるとてよめる。
ありはてぬ命待つまほうき事を
おいゆく人にきかせずもかな。
おなじ廿日多田の松見にまかるとてかしこにめもごろにいひおこたしたる人あれば、
我もいさしらぬあるじの心まて
まつとしきはは尋ねこそすれ、
彼松見侍りて
契おくけふ千とさのはしめにて
あかずとはなん宿の松が枝。
風のたえまなく吹きぬれば、
此里はこしの白山ちぬけれは
雪氣のかぜのふかぬ日ぞなき。
神無月つこもり善光寺を出立古里のかたへおもむきなんとて如來の御前にまいりていとま、まうし奉るにまたいつの世にかまいりこんと御なごりをしさつきせずかへりみがわにみだうきたちいでそれより當所の大尊師のやかたにまかりければたうとき事どもさづかり侍りていとま申よかでくるに涙せきあへずあやしと人やおもふらんと袖おほひて、
名殘あれや袖のしくれもかす/\に
ふりすてがたきけさのわか〓〓。
此日晝つかたより風いと物すさましきまでふきてをちこち山々の木々の葉はのこりなきさまに吹きあげふきおろしあぜのかよひぢなどはたへがたき落葉かななどう〓ながめて、
山かせに落葉ふきませかへるさの
みちしわかずば立とまるべき。
大正元年拾弐月群馬縣吾妻郡中之條大字伊勢町小板橋尚次氏所藏原本より寫す。