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項目 内容
ID J3200915
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔笠原家日記〕○新潟県大潟町潟田新潟県立文書館蔵
本文
[未校訂]十(六月)四日 ○夜八ッ頃過中地震甚長し
十(七月十四日の頃)四日 曇天気時々日光見ゆる(中略)
○夷浜御坊ゟ上方筋変事承る左に
六月十四日夜八ッ頃大地震翌明迠弐拾七度動
揺之由
一 伊賀上野 城隍崩陥る
二 大和郡山
三 伊勢四日市 町内大火死人数不知
四 大和奈良
江刕大津町死人四拾五人怪我人なし
同 膳所城楼二ヶ所倒れ
大手門倒る
墻壁所々崩
京都大坂 同様格別傾倒無之
乍去大動之由
〆凡三四拾里四方震動之由
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 5ノ上
ページ 482
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 新潟
市区町村 大潟【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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