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項目 内容
ID J3200338
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1751/05/21
和暦 寛延四年四月二十六日
綱文 宝暦元年四月廿六日(一七五一・五・二一)〔越後高田・越後西部〕
書名 〔大島村史〕○新潟県東頸城郡H3・3・31 大島村教育委員会編・発行
本文
[未校訂]地震・火災による災害
宝暦元未年の大地震は上越一円に被害を
出している。郷土にもその被害が書き残
されている。
 四月二十七日に出された「乍恐以書付御注進申上候」
(大島 村松二郎家蔵)には、苗代籾四石五斗を蒔きつ
けた苗代田が、四月二十五日夜の前代未聞の大地震で山
崩れの下になって当惑を訴えている。村としては、早速、
余り苗を才覚したが、植付け田全体に配れるだけの量は
覚束なく、田畑そのものの損害も大きく、山林に至るま
で崩れ落ち亀裂が生じている。今後、雨降り洪水となれ
ばどのような山崩れが起こるか計り知れないと書き、家
屋敷にも土砂が崩れ落ちていると注進している。
 この時の苗代種籾の損害は、種子籾御拝借で凌ぐこと
ができたが、その後、宝暦二申年より巳の年迄十年賦で
返納している。
○新潟県中頸城郡柿﨑町町史編さん委員会編H16・3・30 柿﨑町発行
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 5ノ上
ページ 172
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 新潟
市区町村 大島【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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