[未校訂](明治三十九年二月二十五日号)
進歩黨と大地震
進歩黨にては昨日午後一時より代議士總會を開き三十六
年度決算問題及び二年兵役制等に付協議したり決算問題
に就ては一二政府の辯明を可としたる所あるも大體に於
て會計檢査院の報告を是認することヽなり次で二年兵役
問題に入り肥塚龍氏の演説中關直彦氏より意外なる左の
電話來る
只今中央氣象臺より午後三時四時の間に大地震ありと
の警報各保険會社に達したる由傅聞せり代議士諸君の
注意を望む
同黨本部の電話室は樓下なる事務員席の一隅に在り一事
務員右の電話を受け先づ之れを淺香幹事に告ぐ淺香氏乃
ち中央氣象臺に向つて其虚否を確かめんとするも電話混
雑して要領を得ず巳むなく其旨樓上なる代議士總會に報
するや衆色を失ひ倉皇室外に馳せ出で其侭散會となりし
は近頃の奇觀なりき
二十四日の強震(前略)
前記せる所に依るも今回の地震は時々東京灣内に發する
稍強きものヽ一たるに過ぎず前夜の地震とは格別の關係
なく、且つ餘震と称すべきものを伴はずして、單獨の震
動なれば、大地震の來るべき前兆なりなどヽ想像すべき
理由はなきものなるべければ地震に對して注意を常々な
し置くことは極めて肝要なれども妄に流言浮説に惑はさ
れざらんことを最も望ましき所なり
昨日の浮説
因にいふ昨日午後に至り同三時と四時の間に於て大地震
あるべしとの噂市中に廣まりたるが、何れも中央氣象臺
の名を以て電話を利用して、何者かの悪漢が病院、役所、
圖書館、商館等へ通じたるの結果なるが之が爲に諸處大
騒ぎとなりたるは甚だ惡む可きの仕業なり、元來中央氣
象臺は空氣中の現象を調査すれども、地震研究は其主眼
とする所に非ざれば同臺にて斯る豫報を發し得べき理由
も無く、且現今地震學の程度にては何年何月に大地震あ
りなど若くは何時と何時との間に大地震在るべしなどヽ
豫知するは全く不可能の事なれば今後とて浮説有るも少
しも信ずるに足らざるは勿論なり
昨日の強震と市中
大地震の浮説傅はる(前略)
△何者の惡戯か昨日の午後電話と中央氣象臺の名を利用
して米國公使館、進歩黨本部、火災保險會社等へ向け午
後三時より四時の間に大地震ありと報告したるより何れ
も大狼狽を極め夫れから夫れへと流布したれば市民は一
般に危惧の念を抱き頻と氣象臺又は新聞社等へ事實を問
合せて其無根なる事を確め漸く安堵の胸を撫でおろした
るが一時は風聲鶴唳取る物も手に付かず人心恟々たりし
といふ憎むべき徒ならずや因に右の浮説問合せの爲め氣
象臺を始め新聞社の電話口は殆んど應接に暇なかりしと
は飛んだ暇潰しなりき
(明治三十九年二月二十六日号)
地震の被害と其虚報(前略)
扨又此強震人心恟々たる時中央氣象臺又は大學地震學室
の名を以て各保險會社其他を騒がし延いて東京全市並に
横濱市を驚愕せしめたるは憎むべき馬鹿者の所爲なる事
明瞭なるが著しくこの影響を蒙りたるものは京橋新榮町
沖電機工塲其他の各工塲にて皆早仕舞を命じ職工をして
歸宅せしめたり又京橋立教中學にては生徒の催しある筈
なりしもこれも中止し其他各夜學校共何れも夥多の影響
を蒙れりこれに就ても横濱市は各所皆狼狽し戸外に野宿
する位の有樣にて警察へ向つて問合すもの電話といふ電
話は皆これに使用されて各警察署より東京の其筋へ問合
はすもの、又人民に向つて返答する者何れも昨曉まで間
斷なく近來珍らしき大騒ぎを演じたりされば老人の如き
は空工合を眺めて安政當時の惨狀を説き一も安き心なく
今にも大地震の襲來するかと其處此處に此談話のみ起り
たるが料理屋寄席藝者屋抔、多人數の寄合へるか或は女
の集り居る塲合は神信心に心を潜め守札など擔ぎ出して
肌身につくるさへありき斯る有様なりしかば昨曉に達し
二時三時を無事經過するに至つて初めて一同安堵し寢に
就きしかば昨朝は毎戸大抵遅くまで戸締をし居たるを見
たり