Logo地震史料集テキストデータベース

西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。

前IDの記事 次IDの記事

項目 内容
ID J2902000
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1894/10/07
和暦 明治二十七年十月七日
綱文 明治二十七年十月七日(一八九四)
書名 〔ベルギー公使夫人の明治日記〕○東京 エリアノーラ・メアリー・ダムタン著長岡祥三訳 H4・10・25 中央公論社発行
本文
[未校訂]十月七日
 午後八時三十五分に恐ろしい地震が起きた。揺れが始
まったとき、私たちは夕食の食卓についていた。地震は
がらがらという大きた音で始まり、四分以上も続いた。
私たちはすっかり脅えて、ヴェランダを駈け下りて、家
の外へ飛び出した。エラは湿った芝の上にうずくまって、
「もう我慢できないわ。もう駄目よ」と呻き声を上げて
いた。一方私はアルベールにしがみついていたが、その
間中、地面は持ち上ったり下ったりし、家は前後に揺れ
動いていた。幸いにもその揺れは水平方向の揺れで垂直
方向ではなかった。もし垂直方向の揺れがそれだけの時
間続いたら、東京は壊滅しただろう。家のベルギー人の
コックは最初全く気を失い、次いで少しずつ気がついて
くると、激しいヒステリー発作に襲われた。全体的に見
て、今回の地震は辛い経験であった。それは六月二十日
の地震と同じくらい大きかったが、確かに長さはそれを
超えていた。しかし水平方向の揺れであったため、被害
はごく僅かに留った。
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 三
ページ 753
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 東京
市区町村 特別区部【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

検索時間: 0.002秒