[未校訂]一六月廿四日御寺務様ゟ八ケ村庄屋壱人ツヽ被呼出当月
十四日右大地震ニ付当御殿大荒ニ付片付人足八ケ村ゟ高
百石ニ付人足拾人ツヽ差出し呉候様無慮度(カ)被仰出候右ニ
付□□ニ付寄合右村々にも大地震ニテ同様大荒も有之次
而者□□修理最中ゆえ甚迷惑ニ候へ共御寺務之御頼ニ付断
も難申拾人之處五人ニ被下成旨願候処五人ニ相成壱日ニ廿
人ツヽ八ケ村ゟ日割を以差出し候
(注、この八ケ村は興福寺の所領であった)
一唐院御蔵其外興福寺御築地諸伽藍大破損覆(ママ)ニ付無♠場
所丈ケ修覆相成候ニも元(カ)銀子百貫目斗入用ニ候間八ケ村
庄屋ヘ心配可致旨被仰候然候共当分三十貫目程有之候ハ
ヽ♠(カ)も可相成候然候ニ付下請水町米屋藤助方ニ而法華寺御
所目名三拾貫目借り受候
右之証文写
奉拜借御銀之事
一、合銀三拾貫目也 (朱)右は拾貫目之証文三通ニて御
座候
右之御銀子付
御所様御伽藍御修理御用銀之内当村々要用ニ付慥ニ奉拜
借候處実正ニ御座候返済之義は春ニ正月廿五日切ニ月ニ壱
歩之御り足積りを以元利共返納可仕候右御太切之御銀子
ニ付別紙之通り為引当差上置申候自然返納及遅滞候ハヽ
右引当を以元り共不足之砌は村々高割取集メ都合御元り
共皆済可仕候勿論役前之内追役或は故障之筋有之候ハヽ
跡役并跡相続之もの同様引受弁納可仕候若亦御銀御入用
之節は限月(ママ)と不申立何時ニ而も元り返納可仕候為後日
村々連印を以拝借澄文仍而如件
嘉永七寅年 添上郡
八月日 三条村
庄屋 助次郎 印
年寄 庄次郎 印
其外八ケ村
庄屋年寄連中