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項目 内容
ID J2700512
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1662/06/16
和暦 寛文二年五月一日
綱文 寛文二年五月一日(一六六二・六・一六)〔畿内・若狭〕
書名 〔高槻市史第四巻(二)史料編Ⅲ〕高槻市史編さん委員会編S54・2・15 高槻市役所発行
本文
[未校訂]二八八 上方筋大地震等につき永井直時返書 小森家文書
猶々神保小源太不慮之仕合、不及是非候、日向守様ニ
も世忰ゟ被召遣、不便ニ被思召候由、御尤ニ存候、
以上
去ル九日之書状令披見候、先以 〔永井直清〕日向守様弥御機嫌好、
御気色よろしく被成御座候由、目出度存候、仍当御地別
条無之、我等息災ニ候間、可心易候、随而去ル朔日上方
筋大地震之様子被申越、おとろき入申候、就夫高槻城中
も夥敷破損出来候由、日向守様御気之毒ニ可被思召と存
候、別而御物入ニて可有之候、併家中下々迄堅固之由、
是以珍重ニ候、将又其方幷世忰無事之由大慶ニ候、猶期後
音候、恐々謹言
市正
(寛文二年)五月廿一日 直時(花押)
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 別巻
ページ 931
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 大阪
市区町村 高槻【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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