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項目 内容
ID J2600964
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1830/08/19
和暦 文政十三年七月二日
綱文 天保元年七月二日(一八三〇・八・一九)〔京都〕
書名 〔甲子夜話三篇2、3〕松浦静山著中村幸彦・中野三敏校訂S57・9・10、S58・2・18 平凡社
本文
[未校訂](注、「史料」第三巻三二八頁上6を削、上5と7の間に
入れる)
[二]過し京震の沙汰も、時立ぬれば復云ふ者なし。近
頃二条大番の人の実記を示す者あり。総じて彼地大震の
説、人毎の言ところ各一ならずと雖ども、其言ふ所皆真
ならざるはなし。蓋し蒼皇狼狽の際、人人其畏怖の状を
憶識して録せし者なり。
甲寅地震記
(巻三十八)
[二]丁酉九月、京下り摂家の〔二条公、近衛公〕方方、
上野へ登山あるを観ん迚、広小路なる古筆了伴が家に休
ひて云云しける間、主人と話せし中、耳目に留りしを書
つく。
〓先年京都大地震のとき、亡父了意は未だ存命にて在京
してけるに、折ふし客対してゐたるとき、軒前なる巨石
の手水鉢に湛へし水、[俄|ニハカ]に一二尺も[騰|アガル]と見しが、次で
地[動|ユ〓]いでゝ、[大震|オホユリ]となれり。[夫|それ]より考ふれば、水の騰り
しと覚へしは、地の下に[陥|オチ]入たるなりとぞ。
出典 日本の歴史地震史料 拾遺
ページ 249
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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