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項目 内容
ID J2600679
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1782/08/23
和暦 天明二年七月十五日
綱文 天明二年七月十五日(一七八二・八・二三)〔小田原〕
書名 〔甲府市史 通史編第二巻 近世〕甲府市市史編さん委員会編H4・3・25 甲府市役所発行
本文
[未校訂] 次いで天明二年(一七八二)七月の関東大地震は、甲府
では「十五日夜五ツ時(午後八時)大地震、同九ツ半時(午
前一時)過同断」、以来、十九日の「朝五ツ時(午前八時)
過地震」まで、連日地震が続いたことが記される(同年
「日
記」坂田
家文書
)。この地震を「歳云録」は、「家々精霊棚のかざ
りつけ落ちると云う」と述べ、また、御崎社神主水上氏
の「万代日記」(若尾
資料
)は、「此節、当社大門石垣ゆり崩れ
候、石燈籠たをれ申し候」と記している。
出典 日本の歴史地震史料 拾遺
ページ 162
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 山梨
市区町村 甲府【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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