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項目 内容
ID J2600078
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1649/07/29
和暦 慶安二年六月二十日
綱文 慶安二年六月二十日(一六四九・七・二九)〔江戸・日光・川越〕
書名 〔徳川実紀 第三篇〕新訂増補国史大系第四十巻黒板勝美・国史大系編修会S39・12・31 吉川弘文館発行
本文
[未校訂](大猷院殿御実紀巻七十五)
(慶安二年七月)
○十六日後閤中仕切の石壘修築の事を。酒井讃岐守忠勝
に仰付らる。これも地震にて崩れたればなり。
(日記、紀伊記、水戸記)
(同二十五日)
○廿五日雑司谷藥園茶亭修理奉行を小姓組堀惣兵衛直
昭。花房又七郎榮勝に仰付られ。平川門の腰掛并舂屋
修理の奉行を大番組頭小笠原久左衛門直光。大番中島
權左衛門正勝に命ぜらる。みなさきに地震にて破損せ
し故なり。
出典 日本の歴史地震史料 拾遺
ページ 36
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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