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西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。

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項目 内容
ID J2500101
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1707/10/28
和暦 宝永四年十月四日
綱文 宝永四年十月四日(一七〇七・一〇・二八)〔東海以西至九州〕
書名 〔白浜町誌 本編 上巻〕○白浜町誌編さん委員会S61・3・10 白浜町
本文
[未校訂](注、前出の資料編と重複しない部分のみを掲げる)
宝永の津波犠牲者
檀那寺
草堂寺
普門寺
聖福寺
観福寺


二八



二九

五九



六四

八七



九三
(注)各寺過去帳による
追記 「万代記」や「町大帳」には見えないが、「多
屋悌三郎家文書」(いわゆる「田辺諸事控」)に、「一、宝
永五子ノ閏正月廿七日辰上刻地震、去十月ノ□□也、同此
時瀬戸湯ワキ出ル。」という湯崎温泉発達史上看過するこ
とが出来ない記事がある。湯崎温泉が当時「瀬戸湯」と呼
ばれていたことはともかくとして、「同じくこの時瀬戸湯
わき出る」とはどのように解釈すべきであろうか。さきの
「白鳳の地震」及びのちの嘉永七年の地震のとき湯崎温泉
が一時湧出を停止した実例や、『紀伊続風土記』日高郡山
地組竜神村の竜神温泉の項に、「宝永四年十月四日大地震
にて温泉暫絶えたり、明年正月元日より復涌出すといふ。」
とあるから、思うにこの宝永の地震によって竜神温泉の場
合と同様、湯崎温泉も一時湧出を停止し、翌年閏正月に再
び湧出をはじめたことを意味するものであろう。
出典 新収日本地震史料 続補遺 別巻
ページ 65
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 和歌山
市区町村 白浜【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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