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項目 内容
ID J2403975
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1843/03/09
和暦 天保十四年二月九日
綱文 天保十四年二月九日(一八四三・三・九)〔相模西部・御殿場〕
書名 〔井関隆子日記〕○江戸
本文
[未校訂]九日 九日きのふに同じ大将ノ君の北の[方|かた]わたらせ給ふ
とてあるじとく[参上|まうのぼ]りぬ。[上|うへ]には御服にて[今日|けふ]の神まつ
りなし巳のくだちなゐふることいみじ。太郎の[童|わらは]ゐ合せ
たる、ともにふれ[伏|ふし]てたゞかくながらともかくもならむ
など[言|いへ]ど、おどろ〳〵しうふりつのり家どもなりはため
くに、え猶もあらずて[廂|ひさし]の[間|ま]へともにはひ出ぬ。[眼|まなこ]くる
めきかいふしをるほどにやう〳〵静まりぬ。皆人おびえ
てとぶらひなどす。近き頃かばかりいみじきはなしと人
も[言|いへ]り。まことやたちし五日の夜より、申酉の方にあた
りて白気たちぬと人[言|いひ]さわげり。天文博士聞えあげて火
の災なるべしなど[言|いふ]はまことか。そは夕日入はつる頃其
気不二の[峰|ね]のわたりより東の方へ帯の如たちわたると[言|いへ]
ればこよひ人々見むといふ。昔よりかゝるたぐひを[聞|きけ]ど
まさしう見ることなし。何はあれ火の災と[聞|きく]いとおそろ
し。むかし寛文てふ年に此気たてりとか。昼くだちては
たいさゝかなれどなゐ弐度ふれり。
出典 新収日本地震史料 続補遺
ページ 656
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 東京
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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