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項目 内容
ID J2100203
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1847/05/08
和暦 弘化四年三月二十四日
綱文 弘化四年三月二十四日(一八四七・五・八)〔北信濃・越後西部〕
書名 〔復刻諏訪史料叢書 三〕S58・11・21 諏訪教育会編 (株)中央企画発行
本文
[未校訂]当社大明神御渡之事
(弘化四丁未年)
一三月廿四日夜大地震いたし所々雨戸障子等はづれ所ニ寄苗
間種蒔後故所々ゆり寄候場所有之候其折別而信刕之内大荒
之場須坂並松城(代カ)扨又善光寺其近辺方十余里之内人家ゆり潰
し出火いたし人々何万人と云数しれす押つぶされ焼殺され
又は松城(代領カ)之内丹波川上ニ三里程奥三拾丁程ゆりくづれ水湛
松本御城下近く迄水附候三ケ月程過て其水破れ丹波川之方
江押出し其節川端通之村々六七十ケ村程人家ハ不及申老若
男女壱人茂不残流失いたし候又川中じま善光寺御本堂并大
勧進斗り御残り其余は不残ゆりこみゆり潰れ前代未聞之事
候故有増記ス者也、然共爰許ハ作方順当ニ付
御高八百七十七石弐斗七升七合
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻6-2
ページ 1646
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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