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項目 内容
ID J1900472
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/12/23
和暦 嘉永七年十一月四日
綱文 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕
書名 〔宇佐町誌〕○高知県S12・6・5高岡郡宇佐町保勝会編・発行
本文
[未校訂]5安政の大地震
有名な安政の大地震は其範囲の広範な事、被害の甚大な事、
実に驚くべき大震で当時は設備も不十分で死亡者も甚だ多く
江戸に於ける死亡者二十三万四百八十五人は、関東大震災の
死者十万六千九十人の二倍余に及び、負傷者も前者は八十九
万三千八百五十人の多きに達して後者の六万六千人の約十四
倍に及んで居る。以てその被害の如何に甚大であつたかを知
る事が出来るであらう。
宇佐は海浜にある為に津波に襲はれ全町殆んど全滅の悲運に
際会したのである。
安政元年十一月四日(八十年位前)午前十一時頃相当大きい
地震が襲ひ来り海潮定まらず、平日より多く引き又寄せ来る
事七八度に及んだが然し人家迄は来ず、翌五日は晴天で風な
く殊に温暖無風の好天気であつたので、人々は安心して平常
の通り家業に従事し、何等の警戒もなさなかつたが午後五時
頃に至り俄に天薄闇となり俄然近代未曾有の大震起り、山嶽
崩壊し人家壊倒し人々救を求め忽ちにして阿鼻叫喚の巷と化
し去つた所へ大津波が襲ひ来り、海に近い家々は悉く一呑み
に捲き込まれ宇佐村中残家六十軒、内造作にかゝるもの僅か
に弐拾余軒、溺死十余人に及んだが、最も悲惨を極めたのは
福島浦で(現宇佐町大字福島)引潮の為にさらはれ行く人々
多く其惨状は実に見るに忍びずやうやく残つた者も北方山地
に逃れやうとして走り出したが、後の川は橋が悉く落ちて渡
れず、只あわてふためいて東方に走り遁れるより他に道な
く、瞬く内に四十余人は潮の中に呑まれ、只、水泳の達人は
泳ぎ逃れ幸運な人は枝に縋つてやうやく生命のみ取止める事
が出来た。
二番目に襲ひ来つた波は更に甚だしく、僅かに残つた浜分及
十町程後方の部落を一呑にし、此処は全く一戸をも残さぬ廃
墟と化し終つたのである。
斯の如く寄来る波は七回に及び、中にも第四第五の波は最も
甚だしく十五六町を隔てた山際の家も多くは流失し果てて残
るは只一戸山の上にあつた源右衛門の家のみであつたと言
ふ。以て其惨状の如何に大であつたかを知る事が出来るであ
らう。
其後十年間位は毎日少く共五六度、多きは三四十度の地震の
無い日はなく村民は只戦々競々として日を送つた。殊に同年
大晦日の如きは夕方から夜明迄に百二十余度ゆつたとの事で
ある。
其後数ケ年の村民の生活は実に悲惨を極めたらしく真覚寺の
僧静照の日記節分の日の条に
時節柄に付き鬼の窺ふ様なる家もなければ福の神の宿る家
もなし。豆を投げて鬼は外福は内の声も聞えず、皆々己家
にて竊かに大根の煮しめを食ふて節分の心持をなす
と言ひ又
橋田の者共毎日海にて拾ひ来りし衣類を洗ひ乾かし家々に
竿を渡さぬ所もなく蚊帳小袖抔かけならべたる有様は時な
らぬ土用干の如し
と当時の悲惨な生活の状態を述べてある
又かゝる激変に際会し、精神的にも肉体的にも打ひしがれた
人々は自然に気風も荒み来り、所々に喧嘩口論も起つたと見
えて
正月は他に用事もなく日夜地震の度数をかぞへると喧嘩を
見聞するのみの用にて誠に気易きことなり
と述べて居る。
かゝる惨状に加へて地震後の不自由、非衛生的な生活は遂に
流行病を誘発し、死亡者相続いて出で惨澹目も当てられぬ状
を呈した様である。
七 海嘯の跡
安政の大地震は、海嘯を呼び起し惨害を極めたことは、前述
の通りである。其状況を誌した記念碑が、其潮先に近き宇佐
萩谷に建てられてあり、碑文を左に記す。
南無阿弥陀仏
安政元甲寅歳十一月五日申の刻大地震日入前より津浪大に
溢れ進こと八九度人家漂流残る家僅六七十軒溺死の男女宇
佐福島を合て七十余人なりき都て宇佐の地勢は前高く後低
く東は岩崎西は福島の低みより汐先逃路を取巻故昔宝永の
変にも油断の者夥敷流死の由今度もその遺談を信じ取あへ
ず山手へ逃登る者皆恙なく衣食等調度し又は狼狽て船にの
りなどせるは流死の数を免れず可哀哉其翌日は御倉開けて
御救米頂戴し凍餓に至るものなく誠に難有御仁沢下りけれ
ば後代の変に逢ふ人必用意なくとも早く山の平なる傍に岩
なき所を択びて逃よかし且流失の家財衣服等を拾ひ得し人
暫時内福に似たれども間もなく流行の悪病に染み悉皆なく
なりしを眼前見聞したるとを告げ残し殊に両度溺死の人の
菩提を弔ん為にと衆議して此碑を立るものと云爾
安政丁巳十一月
世話人
西村畊助識
緑屋伝平
久市屋菊右衛門
梶和屋源次郎
因に西村畊助とは(前掲)元町長西村庸徳の実父である。
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-2
ページ 2329
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 高知
市区町村 宇佐【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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