[未校訂]十一月五日 昼頃微震があり、午後二時すぎに大地震があつ
た。塀が崩れ家屋が倒れ、火事になるところもあつた。日
暮れまで大小の地震のおさまることがない。
六日朝方までで四十三回。
十六日まで一日に四、五回ゆれないことがない。今日は雪
がちらちら。午後四時ごろ大ゆれがあり、そのあとすぐ大
風が吹き、海が荒れ、木が折れ、家も傾いた。
十二月二十八日 安政と改元との知らせ。
三十日 朝方大地震、小震は一日に三度ないということはな
い。
十一月四日、五日の地震では、国中でゆれないところはな
かつた。江戸は各藩邸、市中、郊外、東海道の宿場では駿
河・三河・遠江・伊勢で壊れたり焼けたりした。海沿いの
地方ではどこも津波にさらわれ、相模・伊豆・安房・上
総・下総・上野・下野はいずれも被害が大きく、伊豆の下
田・土佐・志摩では海鳴りがひどかつた。紀州・堺・鳥
羽・大坂でも同じ。五畿(山城・大和・河内・和泉・摂
津)、山陽・南海・西海の国々でもゆれないことはなかつ
た。人畜の死亡は数えきれない。北陸ではやや軽かつたと
いう。この地震の激しさは、六月の地震とくらべてその何
倍か言いようのない程度で、上も下もおそれおののいて年
をおくつた。
灸一七一八〇〇壮、按摩一九二度。