[未校訂]乍恐以書附御注進奉申上候
一当村家数之儀廿五軒七軒大破相成猶又五軒中破相成拾三軒
小破相成八幡宮大破医王寺壱ケ所大破人馬即死無し田方地
笑落之場所出来仕猶又谷川堤通り笑落之場所等茂御座候難
儀至極ニ奉存候
右は当月四日辰中剋大地震ニ而当村中書面之通り相成候間
此段乍恐以書附御注進奉申上候 以上
安政元年
寅十一月
岡田村
組頭
長五郎
増井孫次右衛門様
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項目 | 内容 |
---|---|
ID | J1800388 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1854/12/23 |
和暦 | 嘉永七年十一月四日 |
綱文 | 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕 |
書名 | 〔遠江国榛原郡文書〕明治大学刑事博物館 |
本文 |
[未校訂]乍恐以書附御注進奉申上候
一当村家数之儀廿五軒七軒大破相成猶又五軒中破相成拾三軒 小破相成八幡宮大破医王寺壱ケ所大破人馬即死無し田方地 笑落之場所出来仕猶又谷川堤通り笑落之場所等茂御座候難 儀至極ニ奉存候 右は当月四日辰中剋大地震ニ而当村中書面之通り相成候間 此段乍恐以書附御注進奉申上候 以上 安政元年 寅十一月 岡田村 組頭 長五郎 増井孫次右衛門様 |
出典 | 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-1 |
ページ | 1035 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
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