地震史料集テキストデータベース
[未校訂]籍協会発行
一六 江戸状及東海道宿々地震報知 安政元年十一月
安政元
寅十一月七日出江戸書状写
当月四日朝辰剋ゟ江戸表も大地震に付所々御屋鋪方は不及
申別而
御本丸所に大損し町々之土蔵古家等大損し乍併当店は左程
之儀も無之御安心可被成然る処地震最中に而当地浅草猿若
町壱丁目ゟ出火致し折節西北風殊之外強く夫々焼出し同所
二丁目三丁目山之宿迄焼出し北馬屋（ママ）町へ焼抜西は同町壱丁
目半余り東は大川端迄不残焼失夫ゟ川向江出火致し小梅村
并水戸殿下屋敷不残致焼失候併同所町も三四町余に而相鎮
り申候浅草も凡町数十二三丁余も焼失凡家数三千軒計と申
事に御座候観音寺は極近火に候得共漸相残候尤東橋に而焼
留翌六日暁寅上剋火鎮り申候且又地震之儀は未た時々震候
に付実に不安心に存候何分にも此上大変之事無御座候様奉
祈候
十一月七日
江戸某
尚々唯今手紙認居候処遠州掛川太田摂津守様急飛脚着候
而承り候処掛川城内も誠に大変之事之由咄し有之候左候
得は遠州三州両国共同様之事に候御地は如何に御座候哉
御伺申上候
○
寅十一月七日朝辰剋
東海道筋地震（注、宿々被害の報告は省略）
一七 地震に付松浦竹四郎よりの来翰 安政元年十一月
松浦竹四郎ゟ勢州足代権太夫江 安政元十 一四
昨四日下田表大地震大津波丸潰れ仕候人死六百余人神の助に
て私は死を逃れ申候異国船半潰れに相成申候 恐惶謹言
五日朝
皆々様へよろしく奉願候
松浦竹四郎
足代先生
尚々御地如何御座候哉御聞せ奉願上候愈御安泰珍重御儀奉賀
候然は拙子無異罷在候乍恐御放念可被下候扨当月四日朝五つ
弐分五厘計りの頃当下田湊大地震に而土蔵等壁落土地少々割
申候所ゟ泥を吹出し市中大騒動仕候処一剋計りも過候間に大
勢又々騒き立候間出火と存し表江出申候処烟も不見候間是は
定而異人共乱妨仕候事と存候故我等も内へ脇差を取に入候処
早や市中に大浪参り申候大工町川岸に大船の帆柱動揺つ山際
に登り旅宿本覚寺江行んと存候に早市中一面波に而中々渡り
難く候間早々万仙寺と申寺之山江登り見候処早一の瀬は其節
引去り申候故其波の中を渡り候て逃去候市中并諸役人等も
皆々山江登り申候然るに亦烟草一二服計りも呑み候間に二つ
潮来り候哉何れも大周章騒き上申候大工町の辺に烟立上り出
火々々とさわき立寺の鐘を撞きかけ河治川辺に亦々出火之由
に而燃立候間二の潮柿崎浜江つきかけ浪除土手を越して下田
湊江参り其浪にて二ケ所の出火は委く消散九百軒の人家一時
に将棊倒しに相成申候て青梅（ママ）原相成候八百石以上之船十四五
艘程下田町を相越岡田村本郷村の畑中又村中に上り其時異国
船は君の浦と申所に繫き有之候処纜切れて尤走島の上の方鷗
島の下の方に漂ひ来り候処や屋三段に掛けし檣一段と相成り
大ゆれとなりて流れ来りしか其二の潮引につけて元の辺りへ
立戻り扨しはし有之候而三の潮柿先江突かけ候処此潮にて百
余軒の柿崎村一時に砕け皆流れ亦其辺りに繫きし大船共十七
八艘
此船は七八石より
千石以上に御座候
村中に打上り砕け流れたり其潮下田の
方江回り来りたれ共最早一軒の家も無之青海原事故其潮本郷
中村岡方村の辺一面にさし込にて山際まて打掛けたり扨其時
異国船七八分傾き損し候而鷗島の方に来るや最早大半破れ候
様に相成候間親を失ひ子を失ふ人民も一時に大歓声にてシタ
リヤ〳〵と憂苦之中に歓ひ山の上畑の中にて大声を揚けて悦
ひたり此時大変にて失ひし面色を改め拳を握りてツキタヲセ
〳〵と皆一同に勇み立申候其声しはしやまざりけり扨其二の
潮三の潮にて子を抱て逃る女や親を負て山に登るも皆水の底
にしつみ或は樹木の梢に躋登り又流れ行くや根の棟に乗てさ
けふ声実に目も当られぬ有様なり然共其中にも異船□覆とき
は其者共シタリヤ〳〵と喜ひけり四の潮五の汐も最早道々干
方にも成時節に付追々軽く相成候故又流るゝ家も無故に大に
静り候に村山の上に逃上りたものも皆九ツ時頃に下りて下る
なり扨川路様松本様等皆々本覚寺山の上陣取馬印幕を押立候
間其中に籠りたまひ[彼所此所|カナタコナタ]に流るゝ伊丹樽の鏡を抜て飲み
又井戸は皆々埋もれ川水は一滴も無之様に成其辺り皆々滄海
と相成候間飲水と言ものは更に無之我等共儀は渇候得共酒を
飲み畑に出て大根引て喰ひ飲食少しもなく実に地獄我鬼修羅
の有様一時に来り候計り之次第に御座候又其中に諸役人様御
旅宿の其騒きを見掛て盗人に入候輩も有之候実に我等か筆状
に尽さるへき事無御座候僅一二時計りの間に千軒の下田湊百
五十軒有之岡田村漸残る処は坂下町と申は十八軒有之候処御
座候其余山の際に立候寺は半潰れ位に相成候其寺々御止宿に
相成り候伊沢美作守様宿寺も皆流れ書籍類多分失られ申候由
御座候都築様御旅宿皆流れ荷物無之候村垣様御旅宿長楽寺垂
尾少のいたみ応接場福泉寺流れ申候筒井様御旅宿海禅寺皆流
れ川路様御旅宿泰平寺皆流れ松本様御旅宿本覚寺皆流れ其外
魯西亜人休息所皆流れ小普請所半流れ黒川様新宅御役所皆流
れ同心屋敷十一軒新宅皆流れ魯西亜人小休息所万仙寺半流れ
其外御勘定衆御徒士目付御普請役衆は皆町宿に御座候間着の
まゝにて外出され候計の事に御座候猶青山様用人筒井様六尺
日下部様家来其外諸役人衆家来多く溺死有之候又日本人三人
之内男二人異国人船ハツテイラ一艘柿先浜に打上七八人乗居
候も余程いたみ有之或は外二艘程砕け申候右五六人の夷人は
翌五日の昼頃迄柿崎辺之畑に大根を喰て居申候五日漸々送り
届けに相成申候亦楫は折れて柿先浜に打上船底の敷板砕けて
妻ノ浜と申処打上当時五六十人計りつゝ日に上陸仕候事致し
居申候又異船に水入候由にて日々水車弐挺つゝに而水かへ居
申候右水車少し油断致し候直に弐尺計水深成候由船中必死働
き居申候我等は泥中ゟ俵を引上け玄米を鍋の破れにて煎て喰
居申候井戸は埋れ是をかへ候ても汐入候て少しも飲め不申候
渇候時頻に酒を飲申候其夜三度計り地震 （ママ）得共さしたる事
無御座候五日又九ツ頃大津浪来候由誰言となく風聞致候我等
本覚寺本郷村江引移り止宿仕候処夕六ツ半頃又津浪来り申候
下田岡方村江上り候得共最早流るゝ人家無故にさしてさはき
不申候此潮凡十町計上の方迄来り申候六日今日諸役人様方惣
寄合にて村垣与三郎様夕七ツ時頃より和本村迄出立に相成候
江戸へ御越に相成候今日ホーチヤチン。ホスセツト。リソシ
ケ等上陸仕候中村為弥横田新之丞永村六郎応接有之候異国船
大破に相成引取兼候に付乗船作事之儀願出候七日ホーチヤチ
ン。ホスセツト。リソシテ等長楽寺江上陸中村横田永村応接
有之候今朝ゟ魯西亜人共鼻黒弁天に大砲不残上け申候而追々
普請に相懸り申候右に付下田湊にて出来兼候に付兵庫遠江浜
松両所之内拝借仕度由願出申候由に御座候八日又中村横田永
村等長楽寺江出て船よりも上陸仕り応接有之候左之通り持上
り申候阿部侯江写真鏡道具式ヱレキテル道具一式八畳敷の靼
通。花毛氈一枚猩々緋一反紫ギヤマン花生一対虫目鏡枕時計
筒井様大鏡高さ一丈巾四尺本国焼花生一対白銀の太刀一振遠
目鏡紺羅紗一反川路様大鏡如前一白銅の茶ひん高サ三尺計稀
代の物渾天儀琉金全カ地球の器黒羅紗一反松本様川路様同様伊沢
様紺羅紗ヲーゴール都築様紺羅紗ヲールゴウル其外古賀村垣
黒川等江も進上有之略す此方より被下物は未遣に相成不申候
得共何れ近々御遣に相成候被下物アヒル百羽素麵五箱いも十
三貫目一俵ねき二俵大根五百本にんじん五百本玉子千其外米
穀も余程薪水は不及申被下に相成同日川路様ゟ猿一疋重組壱
荷被下に相成さま〳〵夷人の御機嫌を御取被成実に長大息之
至に御座候扨又今日応接有之処船中最早飲食無之三日の貯え
漸々の事之由に御座候ホーチヤチンモ蒸餅を喰て茶を飲候計
の由に御座候実に轍底之至り之由願出然るに彼等江誰か内通
致し候者有之候哉近頃又志州鳥羽湊拝借願出度由又々申出候
実に獅子身中の虫の多き世の中に御座候同十一日異人四人御
小人目付山田八郎御普請役萩野才助下田同心服部建蔵等同道
にて網代より熱海辺を巡見に行れ申候此網代湊宜敷候はゝ此
処にて作事に相成候由に御座候十二日櫛崎村玉泉寺にて筒井
河路両奉行御目付衆応接に相成同日玉子干素麵向々被下に相
成候如此異人に諂候世之有様天神地祇も悪み給ふ事は歎息の
外御座なく候乍併霜月八日には終に異船一艘弐百尋も有之候
海底に沈没致候由慥成儀に御座候扨々近頃愉快此上なく歓喜
雀躍不堪荒々申上候 早々謹言
臘月七日
松浦弘
百拝
足代大人
玉案下
猶以下田湊流失の分は八百十六軒同平潰二十五軒同水かぶり
十八軒同死人八十四人岡方村百十一軒柿崎村七十二軒本郷村
二十七軒中村十二軒其外家様人数小普請方日雇の者船頭船方
凡六七十人大船凡三十五艘に御座候其余松崎村不残に流れ申
候何歟書記し度義沢山に御座候得共犢鼻褌も無之次第に御座
候間猶後便可申上候例之乱書御推察奉希上候 恐惶謹言