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項目 内容
ID J1600198
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔聖護院文書〕○京都京都歴史資料館
本文
[未校訂](聖護院代官日記)
十三日
一夜丑刻頃地震有之隋分烈ケ敷候得共御殿内御家中共別条無
之森ノ内、石ノ鳥井弐ケ所共芝木之処少々クヒチカイ金比
羅社内石燈籠斃と耳已ニ而外ニ障り無之事
十四日
一右同上毎々微動有之事
十五日
一今日も度々震動有之事
十六日
一今日も度々微動在之事
十九日
一折々地震在之事
二十日
一此度地震之義ハ山城国ハ格別之義も無之候得共南都ゟ郡山
伊賀上野甚敷大坂も京都同様之義近州尾花川辺并東近州水
口石部夫ゟ伊勢地四ケ市辺甚敷北ニ而越前福井も同様甚敷
趣其外山陽道辺迄も震動在之也
七月朔日
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻3
ページ 192
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 京都
市区町村 京都【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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