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項目 内容
ID J1500424
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1855/11/11
和暦 安政二年十月二日
綱文 安政二年十月二日(一八五五・一一・一一)〔江戸及び近郊〕
書名 〔日記録〕○大阪三井文庫
本文
[未校訂]十月二日 天気 初夜半時地震強く揺少々長シ
(十二月)五日
一嶋方五番状を以左之通
一十月二日当地地震ニ付嶋方代勤之者下代共江従御上御合
力御手当被下置、難有奉存候、則左ニ
一金五両
類焼ニ付
森三四郎
一金弐両 北岡千三郎
一同壱両ツゝ 下代三人江
右之通何れも難有頂戴、依之御礼御状左之通
御組頭
一後藤一兵衛様
御勘定方
一吉岡栄之助様
同
一松野熊之助様
右御三方江八郎右衛門様ゟ御差上被遊候ニ付、相認指下し
候事
七日
一江戸表去ル廿四日夜戌上刻頃御曲輪内紅葉山小普請小家ゟ
出火有之候処、為差風も無之候得共、忽燃上り、右小家并
御供所不残焼失、同中刻鎮火、尤 御霊屋向御別条無御座
趣申参ル
九日
一加判名代市川忠三郎江戸表御用向相済、今四ツ時帰京
十九日
一江戸表昨夜亥半刻頃、八丁堀地蔵橋通新道裏家ゟ出火有之
候処、折節西風強忽燃上り地蔵橋ゟ水谷町壱丁目・弐丁目
川岸迄東西南北凡、弐丁四方焼失、丑半刻頃致鎮火候段申
参ル
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻2-2
ページ 1896
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 大阪
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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