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項目 内容
ID J1300057
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1853/03/11
和暦 嘉永六年二月二日
綱文 嘉永六年二月二日(一八五三・三・一一)〔小田原〕
書名 〔袖日記〕○静岡県富士宮市▽
本文
[未校訂]二月二日丁丑二黒 晴天 今日四ツ半時大地震北方ゟ初ル
トゾ近年稀なる大地震也神田川河水濁る四つ時の内に二
度ゆる初大く後小也
〃 三日戊寅三碧 晴天 今夜少々地震ゆる
〃 四日己卯四録 一昨日地震小田原宿大荒之由大地岩石
の処は軽く震ふと也欠畑村は少々震ふと云う豆州小土肥
村大工咄しに其在所は知らぬ人もありとそ地震なし
小田原近辺都而地震にて崩れ候家数千二三百軒御城石垣
堀崩れ大荒之由
〃 五日庚辰五黄 曇天昼ゟ雨降
風聞、岩淵本市場辺は当月十二日に又々大地震有之故他
行止の由触廻ると也
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻1
ページ 201
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 静岡
市区町村 富士宮【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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