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項目 内容
ID J1002466
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1830/08/19
和暦 文政十三年七月二日
綱文 天保元年七月二日(一八三〇・八・一九)〔京都〕
書名 〔諸国大地震大津浪一代記〕石本文庫
本文
[未校訂]京都大地震
文政十三庚寅七月二日申の時はかりに大に地震ひ出て、
夥敷震動しけれバ、洛中の土蔵築地抔大にいたミ崩家居
もあり、土蔵之潰レハ数多有、築地・高塀抔ハ大かた倒
れ、怪我せし人も数たなり、昔ハ有之候哉と相伝候へ共
都之土地にかくはげしきハなかりけれバ人々驚おそれて
みな〳〵家を走り出て大路に敷ものしき[仮|カリ]の宿りを何く
れといとなみ二三日ほどハ家の内に寝る人なく、或ハ大
寺の境内に座り、或ハ洛外の川原へかつ(や脱カ)り西成野辺につ
どひて夜を明ける、かくて三日四日過ても尚其名残の小
さき震ひ時々ありて、はしめハ昼夜に二十度も有しか次
第に鎮りて七八度斗、三四度ニ成事も有、然れ共けふ既
に廿日あまりを経ぬれどなほ折々すこしツゝの震ひもや
まて皆人々のまどひ恐るゝことなり、世の諺に地震ハは
しめきびしく、大風ハ中程強く、雷ハ末ほど甚しといへ
る事をもて、はしめの程の大震ハなきことゝさとしぬれ
となほ婦女小児のたぐひハ如何とあんしわづらひて、い
かにや〳〵と尋ねとふ人のさはなれハ、旧記をしるして
大震の後小震ありて止ざるためしを挙て人の心をやすく
せんと左にしるし侍る。
(注、旧記は省略)
出典 新収日本地震史料 第4巻
ページ 503
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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