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項目 内容
ID J0900414
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1707/10/28
和暦 宝永四年十月四日
綱文 宝永四年十月四日(一七〇七・一〇・二八)〔東海以西至九州〕
書名 〔海草郡誌〕○和歌山県▽
本文
[未校訂] 宝永四年十月四日陽暦十月二十八日諸国地大震し海嘯起り、人多死
し本国殊に甚し人畜死傷多し。
 「続皇年代略記」丑時地大震五畿内、南海道、東海道、
三河、遠江、相州山崩谷埋地裂泥涌、損害甚、沿海海嘯

 「本朝地震考」紀伊、土佐等人多死而大坂殊甚、家覆
橋落海潮溢為死者三万余人、前代未聞也
 「皇年略記」大阪近傍の地震及津浪の為に死者二万九
千九百八十一人
 「嘉永雑記」橋の落つる二十六箇、潰家六百二十戸、
紀伊国辻弥五左衛門代官所の潰家九軒、破損家十軒。死亡
十人とあり。此の時本郡黒江村に津浪起り、塩田十五町一
反六畝二十七歩、塩石高七百五十八石余、田畑壱町参反弐
畝弐拾七歩、半潰家屋十三軒、流失家屋三十一軒ありし
が、人畜に於ける被害の程度詳ならず。村民は多く高地に
避難した、黒江町宝永四年八月十月の誤りならんかに大津浪ありて黒
江村海近き処は二階迄浸潮し、流失物多大土民大に困難を
告けたり、此の際河内浜の堤及地床を潰され、塩田大部分
破壊し、岸近く海の住家は、金銀財宝流出し、非常の困難
にて、為めに暫らく製塩業を中止したり(郷土誌)。
出典 新収日本地震史料 第3巻 別巻
ページ 347
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 和歌山
市区町村 大崎【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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