地震史料集テキストデータベース

[未校訂]（新古郷案内記）
一　南山上郷之内　[五十里|いかり]村　湖水ニ成候事
天和三年癸亥九月朔日丑ノ刻[計|ばかり]ニ、大地震ニ而、[五十|いか]
[里川下|りかわしも]　日光領戸板山崩落、川を[突留|つきとめる]。但、[根置|ねおき]
長六百間、高弐拾八間ニ候故、段々水ヲ留、同月廿四日
迄ニ、小田川原と申所迄[湛|たたい]　湖水ニ成候。五十里村之
家共不残水上ニ浮キ、風ニゆられ、所々ニ流乱ス。依
之、百姓　居所無之、中居村と申所へ引退、小屋ヲ掛罷
有候。自然、突留　[押破|おしやぶれ]候て、関東川筋、大破ニ[可及|およふべし]
と[無心元被思召|こころもとなくおほしめされ]候所ニ、十九日[迚|とて]　下へ水流ル。同年十
月朔日ゟ、布坂山ヲ掘割普請被仰付候。突留之所ハ、数
万之人（1）脚ニ而も[難挽|ひきがたき]大石、岩組ニ而引除可申様無之候
ニ付、彼山之掘割被仰付候由。日光領西川村も、五十里
同前ニ水底ニ成。右在所ハ[幾久|いくひさしく]住居仕候処ニ、片時之
地震ニ而、湖水ニ成候儀ハ、古今稀成不思議と、諸人驚
目也。五十里村之者ハ、寝食を[不安|やすんせず]、右　布坂山之掘
割普請、長百弐拾三間　内十八間岩　残ハ土掘。但、堀
口弐拾九間・中ニ而六間・水底四間、如此ニ候へハ、突
留ゟ弐間三尺深候故、此掘割ニ而、水拾坪（2）[流通積|かしとうすつもり]之由。
五十里村之[本|もと]在所ハ、水底ゟ　海中深サ弐拾五間ニ成候
由。五十里川・西川二水合[♥|して]（3）、常之水　弐坪ツヽ流候へ
共、雪水或ハ洪水之時ハ、何程増出可申も難計候へ共、
[先|まず]、大方[五増倍|ごそうばい]ニ♥、堀割四間深サ弐間三尺ニ候へハ、
拾坪ノ水通[積|つもり]、五十里村之在所、川底ニ成候故、中居
村へ引退候へ共、此所迄水湛へ積ニ而、高原[麓|ふもと]　上野
と申所へ小屋掛被仰付、小屋弐拾七軒出来。又、高原
峠、右地震ニ付、道筋破損、馬足不叶ニ付、上郷之人足
七十五人、十月廿八日ゟ霜月十七日迄道普請・小屋掛共
ニ出来候由。五十里村ハ、高百弐拾五石余、人数百八十
三人、家数四十四軒、此内廿七軒ハ上野へ引、拾七軒
ハ石木戸と申所へ引、小屋かけ罷有候。然所ニ、往還通
路絶候ニ付、当分之[口暮|くちくらし]も不罷成、[彼|かの]湖水　舟渡ニ被
仰付、西川鎮守之大杉を貰、船大工・[小川庄|おがわのしよう]（4）ゟ。十一
月九日壱叟ママ出来　[乗初|のりそめ]、往還の自由能、商荷物等運送無
滞、舟路壱里程有之[積|つもり]（ママ）候。
普請奉行藤森十左衛門、足軽衆・石方共ニ拾人余、御蔵
入中ゟ人足罷出、[杖衝|ついつき]（5）之肝煎　壱郷ゟ弐三人、郷頭も罷
出候様ニ被仰付候。尾岐郷与五右衛門、金山谷藤八郎・
南山　下郷与八郎・川島喜兵衛・[高野|こうや]十三郎、伊北大塩
万太郎、[何|いずれ]も参、人足ハ御蔵入中ゟ壱万人程相勤候。
右之通、覚書ハ、五十嵐直右衛門父将道　記置候を書
之。御支配人飯田兵左衛門殿、右湖水掘割普請等御苦労
ニ被仰付候。御直御支配ニも、五十里高ハ諸割方ニ除
之、被仰付候事。
注（1）　人脚＝人足か？・人力か？。
（2）　水拾坪＝壱坪とは六尺立方（六立方米、六トン
の水量、）の拾倍の事。
（3）　♥＝漢文の読み方のシテと読むふりがなを使用
したもので有ろう。
（4）　小川庄＝新潟県東蒲原郡津川町を指すものであ
ろう。
（5）　杖衝＝杖突とも書く、世話焼きの現場員であろ
う、又測量や設計などもした者か？。