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項目 内容
ID J0602333
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1683/06/17
和暦 天和三年五月二十三日
綱文 天和三年五月二十三日(一六八三・六・一七)〔日光〕江戸⇨二十五日
書名 〔顕妙公済美録 十二下〕
本文
[未校訂]天和三年
閏五月七日、去月廿三日、廿四日、日光山地震所々破損
仕、同廿四日江戸表も地震仕候処、御城中御別条無之旨、
依之 綱吉公若君様御機嫌為御窺御老中様方迄御使札被差

引用書 書御案紙
一筆致啓上候去月廿三日、廿四日、日光山地震所々破損仕
且又同廿四日其御地も地震之処、御城中別条無御座候旨承
之候、就夫為可奉伺御機嫌以夫者申上候、御次而刻御前可
然様奉願□
閏五月七日
大久保加賀□
阿部豊後□
戸田山城守□
一筆致啓上候去□四日日光山地震所々破損仕□
廿四日其御地も地震之処御□条無御座候旨承之候
就夫若君様為可□嫌以使者申上候御序之刻□
□様奉頼候恐惶
壬五月七□
大久保加賀□
阿部豊後□
戸田山城□
用日録
閏五月七日
一、伊藤半兵衛江□付御口上被仰渡今晩出船
七月十三日
一、伊藤半兵衛中略江戸より帰御返事候以書申上ル
書 玄徳公御案紙
上略将又先月廿三日日光山地震同廿四日御当地地震ニ付為伺
御機嫌夫者伊藤半兵衛被差越尤候大久保加賀守殿未在所逗
留付月番阿部豊後守殿ヘ得御内意連状相届候云々
壬五月廿一日
松平安芸守殿
出典 新収日本地震史料 第2巻
ページ 421
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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