[未校訂]第五十八冊
巻第百四十二
古手扣 自寛文八戊申年至元禄四辛未之年
堀季雄云是ハ田川郡大山村酒肆某氏か手記なるよし
にて人のかし与へ侍るに依て内弐拾三則を抄書す
一京都大地震は寅の五月廿日過より六月中迄季雄寛文二年の寅なるへし是ハ
日記を書初る時先年の事を思ひ出してしるせしと見ゆ家大形□大分相果申候是大仏を木
仏に仕直し候故也と聞又按是ハ文銭を鋳られし時の事也此街説闕へからす是を知て行へる伊豆殿も是を容れて□
まさる公義と共に絶世の珍事成へし
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項目 | 内容 |
---|---|
ID | J0601202 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1662/06/16 |
和暦 | 寛文二年五月一日 |
綱文 | 寛文二年五月一日(一六六二・六・一六)〔山城・大和・河内・和泉・摂津・丹波・若狭・近江・美濃・伊賀〕駿河・三河・信濃・伊勢・武蔵→十二月まで余震 |
書名 | 〔雞肋編 下〕「山形県史 資料篇六」 |
本文 |
[未校訂]第五十八冊
巻第百四十二 古手扣 自寛文八戊申年至元禄四辛未之年 堀季雄云是ハ田川郡大山村酒肆某氏か手記なるよし にて人のかし与へ侍るに依て内弐拾三則を抄書す 一京都大地震は寅の五月廿日過より六月中迄季雄寛文二年の寅なるへし是ハ 日記を書初る時先年の事を思ひ出してしるせしと見ゆ家大形□大分相果申候是大仏を木 仏に仕直し候故也と聞又按是ハ文銭を鋳られし時の事也此街説闕へからす是を知て行へる伊豆殿も是を容れて□ まさる公義と共に絶世の珍事成へし |
出典 | 新収日本地震史料 第2巻 |
ページ | 226 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
都道府県 | 山形 |
市区町村 | 鶴岡【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる |
版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)
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