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項目 内容
ID J0600483
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1633/03/01
和暦 寛永十年一月二十一日
綱文 寛永十年正月二十一日(一六三三・三・一)〔相模・伊豆〕江戸・駿河⇨二月十四日まで余震つづく
書名 〔オランダ商館長日記 訳文一・上〕
本文
[未校訂]同月四日(一六三三年十一月)金曜日。朝、日の出前に再び旅立ち、正午ごろ
オウダウラ(Oudaura)○小田原。の町に来た。同地では凡そ八箇月程以前
に、皇帝の城○時に城主は稲葉正勝であり、幕領ではなかった。が完全に倒壊した。人家
もほとんど総べてが地震に依って壊滅していた○寛永九年十二月三十日、
江戸附近に地震があった。 人々はそれを再び建て直すのに忙しかった。
平戸の領主に我々の来著を知らせるため、この地から
通詞レモン(TolckLemon)○前出Liemonに同じ。を江戸に向け先発させた。夕刻、
オイアサ(Oijassa)○大磯。に来た。八マイル進んだ。
出典 新収日本地震史料 第2巻
ページ 127
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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