[未校訂]丹後の国に於て一夜の内に山湧出る次第、
人皇第七代孝霊天皇乙亥五年近江國地さけて湖水
となり、同時にスルガの國に富士山湧出すと普く古書
に見へたれども、是は見ぬ世の昔がたりにして其の
亊実詳ならす、しかハ有ど、近き例は宝永四年富士
山分じて一山を生ず、號けて是を宝永山といふ、此
年間豊かに施錠しば/\繁栄なり、所謂宝永は豊栄
の前表ならんか、茲に丹後の国竹野郡木津の上村と
いへる在郷あり、即ち組より網野へ至る往還なり、
此地に今年弘化四未の正月十一日の夜半の頃震動雷
電して大雨車軸を流す、村民膽を冷し驚き怖く亊限
りなし、程なく夜も明け、四方靜まり、雨止み空わ
たるに、安心堵て漸やく外面に出るに、豈料らんや
高さ五六丈ばかりの山忽然とあらわれたり、衆人又
もや打驚き、前代未聞の亊なり抔と、其噂遠江に高
く聞ゆ、村老の曰く實にや宝永のむかしも斬る例
ありて御代豊かに栄へしと聞く、正しく弘化の時に
あたりて世界全く弘く化す、豊けき御代のしるしぞ
と喜び祝ふと伝へ聞て、其侭て、にうつし待ること
になん、(図は之ヲ略ス)