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項目 内容
ID J0300956
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1830/08/19
和暦 文政十三年七月二日
綱文 天保元年七月二日(西暦一八三〇、八、一九、)京都及ビ隣國地大ニ震フ、
書名 〔北叟遺言〕
本文
[未校訂]文政十三寅年七月四日衣、近江國馴染村地方より一里許冲合に、幅四町許、長さ廿四五町共相見へ候鮒の如くなるの浮き見へ、尾先共に相見へ申候処、水巻上げ、石上(山カ)より高く、三百石位より八百石位の舟十六艘巻揚げ、三里許隔り候陸にて樫木と申所之田地之中へ、大船六艘落候て微塵に碎候へども、乘合之者四十八人有之候へ共、一人も怪我無之候、誠に不思議之事に候間、則領主より早打に而注進有之候由、右之者共より申上候、口上之写如此に候処、其魚は伊勢崎と申所の浦より、土中江這込候事、豆腐之中江庖丁をさし込よりいと安く相見へ申候、右に付村之騷動計な(言脱カ)く取吻毛取あへず、高き山をさして迯候趣、京都より為知申越候、
出典 増訂大日本地震史料 第3巻
ページ 351
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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