[未校訂]○文政十一年子年三月二十八日、牛込神楽坂本多修
理知行所豆州田方郡田代村隣村にて、寄合小堀織部
知行所、同州同郡年川村地内山崩れ致し、下田畑へ
崩れ落、岩上等押出し、村境大見川川幅凡五十間余より田代
村内へ跨、高五間餘の新山涌出し、山上に田代村畑
立木等も其儘に御座候由、依て流水堰留に付、田代
村田畑川瀬に相成、深さ一丈四五尺、或は八九尺の
場所も御座候、尤追々田畑崩れ落、川缺に相成候段
届申出、
五月六日、林肥後守殿へ本多修理殿より、御届有之
候由、
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項目 | 内容 |
---|---|
ID | J0300844 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1828/05/11 |
和暦 | 文政十一年三月二十八日 |
綱文 | 文政十一年三月廿八日(西暦一八二八、五、一一、)伊豆田方郡年川村地内山崩レ、田代村地内ニ跨リ新山ヲ生ズ、 |
書名 | *〔巷街贅説〕○塵哉翁著 |
本文 |
[未校訂]○文政十一年子年三月二十八日、牛込神楽坂本多修
理知行所豆州田方郡田代村隣村にて、寄合小堀織部 知行所、同州同郡年川村地内山崩れ致し、下田畑へ 崩れ落、岩上等押出し、村境大見川川幅凡五十間余より田代 村内へ跨、高五間餘の新山涌出し、山上に田代村畑 立木等も其儘に御座候由、依て流水堰留に付、田代 村田畑川瀬に相成、深さ一丈四五尺、或は八九尺の 場所も御座候、尤追々田畑崩れ落、川缺に相成候段 届申出、 五月六日、林肥後守殿へ本多修理殿より、御届有之 候由、 |
出典 | 増訂大日本地震史料 第3巻 |
ページ | 253 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
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