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項目 内容
ID J0300673
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1821/12/13
和暦 文政四年十一月十九日
綱文 文政四年十一月十九日(西暦一八二一、一二、一三、)岩代國大沼郡大石組、地大ニ震ヒ、家百三十戸潰レ人畜死ス、越テ明年一月四日ニ至リ、又地大ニ震ヒ、居民皆他所二移住セリ、
書名 *〔変難實錄〕
本文
[未校訂]文政四年十一月十九日朝五ツ半とおぼしき頃、俄に
大地震鳴動して、○中略赤岩山袴越山缺け損じ、鳴動
の爲徒後に磐石大木の崩るゝ音大雷に均しく、○中略又
其夜大雨となり、俄にかけし小屋々はれば、雨は漏
り、地震終夜不止、赤岩袴腰の崩るゝ響を交へ、肝
を消し魂を飛ばし、誠に古今有間敷次第なり、翌日
に至も五七度づゝは並ならぬ鳴動毎日不絶、○中略今
日○十二月始めに至る迄一度は鳴り一度は震り、或は一同に
鳴動し、尤鳴り音御村中にて聞及候方角大凡沼の方
と諸人言触れ、マタ沼沢にて間候には、一度は沼の方
一度は高森山或は東西と変化し、袴腰山沼嶽山、山
すれ岩さけて沼へ崩れ込み、石砂大木崩るゝ音大雷
に等しく、前後を忘れ候心地、されど手丈に及ばざ
る大変にて、○中略古今に無之地震も大石組に限り候様
にて、○下略
(武者註)右へ岩代國大沼郡沼沢村名主佐藤充〓ノ手
記ニシテ、満山長左ヱ門氏ガ其ノ要点ヲ写サシタ
ルモノナリ、全文ヲ録シ得サリシハ如何ナリ、
出典 増訂大日本地震史料 第3巻
ページ 226
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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