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項目 内容
ID J0300169
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1793/02/08
和暦 寛政四年十二月二十八日
綱文 寛政四年十二月二十八日(西暦一七九三、二、八、)陸奥鯵ヶ澤地大ニ震ヒ、潰家百六十四、死者十二名アリ、陸奥田名部ニ於テモ震動頗ル烈ナリ
書名 *〔真澄遊覧記〕○菅江真澄
本文
[未校訂]ひきかへすためしもあらて年くれぬ、あたゝら真弓
春ちかきまて、うまの貝うくころ、やもたふるはか
り、なへふり出てけれは、ありとある人みな、くつ
もふまて高雪のうへににけのほり、聲とよむまて、
まんさいらく/\のみなとなふに、舟なとの浪にた
ゆたふかことく、許かたふき、ひし/\と鳴うこき、
雪もうこもちてやみぬ、こゝらの人いきつきもあへ
す、又なへして、ひねもす、よひと、夜ふりたり、
いかならんとか、○以上十二月二十八日ノ條
廿九日、けふもをやみなうなへ、とさ/\頻なり
人のこゝろさらにおちウゐす、たゝ、にけやうゐのみ
そしたりける、
三十日、夕近く雪の中に朳エフリすり、久波、かいしきも
て、山なす雪をかいならし、門松立るほと、なへふ
りて、くれ行は、みたまに飯奉るころ童とに出て、
門角の雪のうへに、糀の皮に火ともし出て、まつと
し、又にきぬ、
(武者註)右ハ著者真澄ガ陸奥國田名部滞在中
ノ記事ナリ、
出典 増訂大日本地震史料 第3巻
ページ 112
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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