[未校訂]信濃尽る淺間ケ嶽にたつけふり遠迹人のみやはとかぬずと詠みたもふ昔より世々の人のかたりつたへにも聞及ばざりしが、いかなる世の災ひにやありけん、今年文月七日番より雷の鳴音にそそひてことなる砂のひと夜の夢の間にふりつもりて、おとろ/\しき形様なり、みとりなる草の原も砂石かはらのごとく青葉の茂りぬる木々が枝も冬枯にひとし、ひなくもり、うすひ山のあなたも深く道をうづみぬめれば、むまや路の鈴の音も久しくなりやみかち、人の往さへとどまり侍りね、又吾妻郡にてはなり音のみ、砂もふらずして、その日斗〓は雲もはるなの山のみへて、里人はいと悦び、男女ともに、をのが手業にくれぬ夜、思ひもかけず淺間ケ嶽の頂より、湧し泥水ながれ出、あるつた川へおし出ぬめれば、火石のほのほにして、泥水にへかヽりぬ。彼川そひのむら/\、民家あまた押ながし、老も若きも、こは〓かふ盡て、火輪水輪のやふれけるしい思ひけん、死る人々百千もヽちの数にもあまり侍りぬ、かの川そひの人々、川中よりたすけたまへ/\と聲々に、よびけるを、川岸にありし見聞人々いとろうたかりぬれど、ひきあけぬたよりなし、また川そひならでも田畑はみな石砂に埋て物の種さ〓もなければ、國の守にも貢を免し給ふのみならで、おほくのこがねを給ひける、いかなる天災にやありけん。よその國々迄も秋作みのらずして、ひに/\穀物のあたへ貴さに、いゝに、うへける人数多ありけるを、おほやけの公にも、きこし召あはれみ給ふ事、たらちねの子を思ふがごとくにして、おん惠みあなれど猶うへたる人あまたありて、家々の門にたち、飯をこひぬれど、なきけある人もともに、とほしければ、是にほとこす人稀れにして、こゝかしこ行倒れつゝ、死る人々多かりき、やうやく春の中はにもなりぬれば、野に出、山に入て砂かきわけ、草のかつらをとりて、露の玉緒をつなき侍るこそ前代未聞のありさまなり、其頃ある人、此變事のおゝむけしるして、後の世に殘し置くべきといゝつゝ日をふる儘に、浮世のならひにて、露の命はきえ果ぬれば、むなしくしみのすとなる。きゝ書を乞えて予が見知り聞及びぬる事をものせて、後の世の人の、むかし語りにも、なさばやと筆をそめ侍るこそしかり。
天明四年八月林凡方記
いさこの降りける頃よめる
明房
おちこちの草もいさこにむもれては
こゝも淺間の野らとなりける
重秀
淺間山あさましの世となりける
まぢるよもきも砂につかれす
去年の秋いたく砂のふりかヽりて、木々が枝もかれ果ぬれば、花の春もなのみして、うつ/\となかき日を送るに、かてさへすくなければ飢人こゝかしこに、たふれふし、いとゞ世の中、しつかならざれば
世のうさをおもひ忘れて見るべきに
花さへ咲ぬはるやいかなる
重秀