○激浪の事
慶長六年辛丑冬十月十六日、俄に大地震動く、深山万壑鳴動すること夥し。堂舎仏閣は揺り倒され、盤石崩れて海を埋め安房上総の海は須叟に潮三十余丁余干潟して、平沙となること二日一夜、諸人驚き騒いで、足も空になり、「さながら天地転覆するか」と眩暈す、「是は稀代の珍事かな」と、肝を冷し、魂を消す処に、同十七日子の刻に方々夥しく鳴動し、其の響大山の崩るるよりも凄じ。程こそあれ、逆浪漲り溢れて、潮水巻き上り、民屋を流し、大木を倒し、堤壊れ、岸砕け、「山林草木海底にあるか」と怪まれ、農民は家財雑具を押し流し、早く逃げし者は助かり、遅く逃ぐる者は溺死せり。