老人宜く『其昔(ソノカミ)高角鴨島遠田の柏島と云ひし名島あり知れりや』老人宣はく『鴨島には、其昔文武天皇の御宇、彼島に人麿居住する所に、一歳四海波の為に打ち壊さる。然れ共、人麿凡人ならざるに依りて、高津の松崎へ上り給ふ。さすがの聖神時の天災逃れ難し云々。又遠田の柏島、是奇代の名島なり。さるに依りて、人麿もより/\此島にも御座ありけり。
遠田なる沖にきぬまく千年松
波あらいそのゆきのしらはま
尚此島も鴨島とおなじ時にくづされにけり。惜しむべし。悲しむべし。二箇所の名島一時に断絶せしこそ、不思議なりけれ。
世人鴨島をば聞き伝へ、其跡今に存せるが如し。其頃高津には、数千の人家有るに依り、語り伝へる所なり。遠田の儀は、其頃人家二三軒あり。人数も無き故、柏島の儀は語り伝へずなん。世人知らざるも、ことわりなりける。