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項目 内容
ID S00000950
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1853/03/11
和暦 嘉永六年二月二日
綱文 嘉永六年二月二日(一八五三・三・一一)
書名 (地震見舞状 二月二十八日)
本文
[未校訂]府川村
稲子七兵衛様
御旦家中様
亀田太夫内
菅瀬安兵衛
一書啓上仕候、追日春暖相催候処、其御地益御堅勝被成御座珍重奉存候、随而当方主人無異致神務候、乍憚御休意可被下候、然は其御地当月二日地震有之候由風聞御座候へとも、遠路之事故篤と相分り兼、亀田太夫始下拙共心痛致し居候処、此頃金子村〓以書状申越候ニ付、有増承知仕候、誠以御□之存外之事共驚入何共申上様も無之次第御座候、弥御人々御別条も無御座候哉、彼是乍延引右之段御見舞申上度如斯御座候頓首謹言
二月廿八日          亀田太夫内
菅瀬安兵衛
稲子七兵衛様
御旦家中様
出典 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト【史資料データベース】
ページ
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