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項目 内容
ID S00000742
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1633/03/01
和暦 寛永十年一月二十一日
綱文 一六三三年寛永小田原地震(寛永十年一月二十一日)
書名 〔老人覚書〕
本文
寛永癸酉年正月廿日、晩寅刻に大地震ゆり申而、人馬数多死申候、家之儀は壱ツも不残、それ〓小田原町わり御座候、是城普請に、古より有松木を切申たるによつてと申ならはし〓、此木は北条三代目氏康公のかみおきの松と申候、それゆへか小田原城石垣かゝり候者は、皆々はて申候、城主丹後守殿御煩に而御果可被成候、奉行黒川八左衛門、高野へ参候、町人大坂之米屋弥左衛門御せいばい、江戸八町堀石屋甚兵衛、篭者之上おやこ御せいばい、京之者盛甫と申者は江戸はらはれ申候、是は根来多兵衛と申者、石垣坪数ぬすみ申候と訴人仕候故也、乍去右之松木切申候罰ニ而皆々死申候由に候、
出典 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト【史資料データベース】
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