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項目 内容
ID J2600064
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1644/10/18
和暦 寛永二十一年九月十八日
綱文 正保元年九月十八日(一六四四・一〇・一八)
書名 〔金浦町史 上巻〕金浦町史編さん委員会編H2・12・1 金浦町発行
本文
[未校訂]○正保年中の大地震に海底震い沈み、鱈釣り場見失い、
終には御領主(本荘藩六郷氏)より御公儀献上鱈も捨て
たり。これゆえ当村鱈も延引止みに相成り候ところ、御
領主お役人より、[上|かみ]越後の国、柏崎近き所の川崎浜とい
う所より数十人の人々猟舟にて下り来たる。金浦村与惣
右衛門(名主)、与市郎、太兵衛、新四郎、五郎二郎、
惣助、この六人に仰せつけられ、沖の釣り法をお定めあ
りて鱈場所顕われ出、今に至るまで至極定規に相成る事
も、御領主(二代六郷政勝)の御仕法、お役人の支配方
末代の事と見え候という。 「出羽国風土略記」
出典 日本の歴史地震史料 拾遺
ページ 33
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 秋田
市区町村 金浦【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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