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項目 内容
ID J2500010
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1703/12/31
和暦 元禄十六年十一月二十三日
綱文 元禄十六年十一月二十三日(一七〇三・一二・三一)〔南関東〕
書名 〔館山城跡調査概報〈第二次〉〕館山城跡調査会
本文
[未校訂] 元禄十六年十一月二十三日関東地方大地震あり、安房地
方被害多く那古観音堂宇や寺宝ことごとく地中に埋没した。
 その後安政の地震、大正十二年の地震とこのように館山
築城後も相当回数の地震があり、其の度に大きな被害と、
多少の地盤の変化のあったことが考えられる。殊に元禄の
地震は館山湾で二・五米、富崎方面で五~六米(関東地方
の地震と地殻変動)隆起しているが、当時の海岸線を具体
的に知る記録は乏しい。まして館山築城時代に於ける地震
についての記録は何もない。
那古観音堂は、元禄の地震以前は裏山の鞍部にあったが、
倒壊後現在地に建てられた。以前は川名岡方面に参道があっ
たといわれ、館山市船形正木太四郎氏蔵宝暦二年古川新田
(川名どんどん橋附近)開発についての文書があり、元禄
地震二年後(宝永二年)新田を三年間年貢なしに作ること
を許している。又川名には新町の名が土地台帳に残されて
いて、元禄地震後の町であることを物語っている。
元禄地震で二・五米、大正十二年の地震で二米、元禄以
降四、五米許りの隆起があったことになる。
出典 新収日本地震史料 続補遺 別巻
ページ 6
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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