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項目 内容
ID J2402493
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1791/01/01
和暦 寛政二年十一月二十七日
綱文 寛政二年十一月二十七日(一七九一・一・一)〔蕨・川越〕
書名 〔杉浦家日記〕
本文
[未校訂](十二月)
六日晴
江戸地震之事、先月廿九日出申来、今朝達、十一
月廿日亥刻、同廿二日巳刻、右之両度余程之大地震、
同廿七日夜亥刻大地震、
右地震ニ付、石町店、中土蔵東通之壁所々われ出る
由、表土蔵所々少々宛痛ミ見得、腰巻弐三所ひゝり
出、西土蔵、新土蔵少々宛破損、
右之節諸方土蔵大きに損之由、或壁不残落、或堂壁
半分落も在之由、 御丸之内ニも大破損出来候風聞
在之由、
同廿八日未之刻地震少々、同廿九日巳刻過、同地震
少々、
右之次第不安心之由、右別書之趣なり、 江戸支配
人江見舞之贈書返書無用ト申贈ル
出典 新収日本地震史料 続補遺
ページ 394
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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